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英字新聞カルチュラル・ニュースの日本語要約


by culturalnews
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◎ 真言僧・高野山米国別院総監の旭清澄先生 (1、4ページ)

 世界的にチベット仏教に関心が高まっているが、チベット仏教と同じ系譜の密教は、西暦806年に空海によって中国から日本へもたらされている。インドで発展した後期密教が、イスラム勢力に押されてチベットにたどり着いたのが9世紀のこと。空海が日本へ持ち帰った密教は、中期密教にあたり、経典は、チベット仏教よりも古い。

 ロサンゼルス高野山米国別院は、空海によって日本へもたらされた密教を受け継ぐお寺である。空海は、816年に嵯峨天皇から(現在の和歌山県の)高野山を与えられ、この場所に修行場を作ったことから、教団に高野山という名前が付いている。

 広島県高田郡出身の旭清澄先生は、高野山大学で、僧侶の修行をした後、1981年9月に渡米、このロサンゼルスの寺院で、僧侶として9年半を過ごした。そのご、北カリフォルニア・サクラメントにある北加高野山の住職を16年務めた後、2007年4月から米国別院の住職と、高野山北米開教区の総監に就任した。

 旭先生は、誰に対しても、機会あるごとに、密教の教えを語り始める。人間の肉体は滅びても、精神は生き続け、その精神は、別のひとの肉体に宿って、生まれ変わる。思うこと、話すこと、行いによって人間の業(カルマ)が作られて行く。悪いカルマを浄化することが、人生の目的であり、完全に浄化しきると、その人の輪廻は止まり、涅槃に至る。旭先生の説教は、今はやっているチベット仏教の教義とまったく、同じである。

 旭先生はサクラメントでは、凶悪犯を専門に収容し、警備厳重なフォルサム刑務所の仏教チャプレン(教戒師)を4年間、務めていた。毎月2回、夕方の1時間半、フォルサム刑務所を訪問し、囚人たちと「仏教の教えを分かち合った」と旭先生は語っている。

 きっかけは、囚人のひとりが、仏教チャプレンと話したいと、刑務所に要求したことだった。フォルサム刑務所は、サクラメント郊外に位置し、刑務所から北加高野山に、連絡があった。旭先生はフォルサム刑務所での説教にあたっては、1時間半の時間の中で、必ず1回か2回は、笑いをさそう、ふんいきを作り出すことを、心がけていたという。「囚人たちは、刑務所の中にいると笑う機会がありません。笑いは、気持ちをリラックスさせ、仏教への関心をより強くします」と旭先生は、説明している。

 フォルサム刑務所では、2003年3月に、旭先生がチャプレンを始めたときは、集まる囚人たちの数は、6、7人だったが、2007年3月に、旭先生が去る直前には、43人に増えていた。人種も、白人、黒人、メキシコ人、アジア人、イスラム教で育ったアラブ人など、多様だった。仏教に対する関心が、アメリカ人の中に広がっていることを旭先生は実感した、という。

「この体験は、目から鱗がとれたような、感動的なことでした」と旭先生は、話している。凶悪犯の刑務所と聞くと、囚人たちに、悪魔か獰猛な動物のような悪いイメージを持ってしまいがちだが、実際に会ってみると、穏やかで、正直なひとたちばかりで、あったという。フォルサム刑務所は、懲役15年以上から終身刑を受ける囚人たちが、収容されており、長期間、刑務所にいる囚人たちは、人生の意味を真剣に考え始めるように、なるのだという。

 再び、旭先生による仏教史の解説に戻ると、紀元前5世紀に成立したテラバダ(小乗仏教)、紀元2世紀ごろに成立したマハヤナ(大乗仏教)、そして7世紀ごろに、バジュラヤナ(密教)が成立している。「これらの3つの大きな流れは、山頂に登るためには、いくとおりのルートがあるようなもので、どこから登っても、同じ目標、つまり、悟りを得ることができる」と旭先生は、説明する。

 旭先生は、仏教を広めるためにアメリカ人の僧侶を育てることをやっている。これまで、5人のアメリカ人が高野山真言宗の正式な僧侶として認められている。現在、ひとりのアメリカ人が高野山に滞在中で、僧侶になるための最後の試験を受けている。高野山真言宗では、試験が英語でも受けられるようになっており、これからは、中国語が追加される予定。

 旭先生は、また多芸多趣味なお坊さんで、毎月最終日曜日の米国別院の朝の礼拝に前には、誘導瞑想クラスを行っている。また、日本語経典の英語への翻訳、精進料理クラスの開催、そしてワイン樽を使った太鼓作りから太鼓演奏の指導もしている。太鼓作りは、サクラメント時代の1993年から始まり、これまで100個以上の太鼓を作ってきた。太鼓作りのノウハウは、サクラメント都市圏芸術諮問委員会も認めるところとなり、同委員会からの援助金を得て、パンフレットやビデオを制作、サクラメントの小学校50校に配布されている。

ロサンゼルス高野山米国別院のホームページは、www.koyasanbetsuin.org

◎ 今年のジャパン・エクスポは、12月1、2日に開催 (1、7ページ)

日本の伝統と最新の流行を多角的にアメリカに伝えることを目的とする「ジャパン・エクスポ」は、今年で第28回目を迎え、12月1、2日の2日間、ロサンゼルス・コンベンション・センターで開催される。テーマは「日本の美と技」で、日本の伝統工芸品の展示、職人の技の披露がみどころとなる。今回の展示では、会場がテーマ・ゾーンに分けられ、古美術、アート・アンド・クラフト、日本旅行、日本食、Jポップ・カルチャー、イベントのテーマでブースが配置される。

 古美術ゾーンでは、室町時代に作られた刀や鎧を中心に、着物店や職人ブースが展示される。玩具メーカー・バンダイがメインとなる、Jポップ・カルチャー・ゾーンでは、最新の日本アニメ、漫画、ゲーム、ファッションを見ることができる。エンターテイメント・ゾーンでは、人気ポップ・グループのドラドゴン・アッシュのアツシや、ファンタスティック・プラスティック・マシンの田中トモユキが登場する。

 メインステージの目玉は、津軽三味線の吉田兄弟。吉田良一郎と健一の兄弟は、アメリカで、すでに4枚のCDを発売している。また、昨年末、任天堂がアメリカで新ゲーム機器ウイーを発売したときには、そのテレビ・コマーシャルの音楽に吉田兄弟の三味線が使われている。このほか、武芸考証監督・和気政幸が率いる殺陣パファーマンス「忍びの衆」によるアクション・ステージ、岩手県盛岡市を中心に、流行に左右されないファッション・デザインを提唱して洋裁クラスを主宰している村田愛子によるファッション・ショー、徳島の阿波踊りなどが登場する。

 また、メインステージでは、人形創作者の辻村寿三郎の人形が披露される。辻村寿三郎は、人形作りだけはなく、着物デザイン、舞台衣装のデザインなども手がけている多才な芸術家。入場券は、一般大人が、12ドル。

◎ ニューオータニとリトル東京(パート2)日本文化のゲートウエーだった、ニューオータニ・ホテル(2、5、6ページ)

 ニューオータニ・ホテルの建物が、ビバリー・ヒルズの3Dインベストメント社に買収されたことにともない、ニューオータニの名前が取り払われ、新しい経営陣と入れ替わることになった。これまで、ニューオータニ・ホテルは、ロサンゼルスにおける日本文化を発信する場所の役割を果たしてきた。

 買収後のニューオータニ・ホテルには、半エーカーの大きさの日本庭園や、高級日本食の千羽鶴レストラン、そして日本式の風呂が付いた3室の和室も、残されるが、これまで、ニューオータニで行われた日本文化行事が、どれだけ引き継いでいかれるのか、ホテルの新経営陣の今後の対応が注目されている。

 1982年から2003年まで、21年間にわたってニューオータニ・ホテルに渉外担当副部長として勤務した杉葉子さんは、ホテルの日本文化活動が最も盛んだった時期の、文化事業の担当者で、杉さんの手で年間行事や、文化イベントが企画され、実行されてきた。
 
 「毎月第一日曜日は、お茶会や風呂敷ディスプレーなどの文化行事をランデブー・ラウンジで開催、第四日曜日は日本食料理クラスを開いて、御節料理、懐石料理、寿司などの作り方を見てもらいました。文化クラスは無料、料理クラスは一人8ドルか9ドルの参加費で、料理したものを食べてもらいました」と杉さんは、当時を振り返っている。

 お茶会では、ロサンゼルスにある表千家、裏千家、江戸千家、小笠原煎茶道の各流派が交替でお手前を披露し、いけばなの紹介では、池坊、小原、草月、未生の各流派が交替で担当した。「こうした文化プログラムには、日本人ばかりでなく、アメリカ人の日本文化愛好家、そしてホテルの宿泊客までが参加していました。優れた先生たちに恵まれて、すばらしい企画でした」と杉さんは語っている。しかし、こうした文化企画も80年代がピークで、日本経済のバブルがはじけるとともに、縮小されて行った。

 ニューオータニ・ホテルはまた、日本の著名文化人がアメリカに来るときのゲートウィーの役割を果たしていた。宿泊客には、安倍ジョージ、常盤新平、永六輔、寺内大吉などのそうそうたる著名人の名前があげられている。また、この時期に、杉さんは、「ニューオータニ・レディーズ・クラブ」を作り、月例のエンターテイナメントを行っている。

 朝日新聞社主宰による著名人の講演会もニューオータニで行われ、有馬稲子、俵万智、倉本総、宮尾登美子らが公演した。また、ホテルの3階にある和室「橘ルーム」は、岸恵子が会合に使ったり、歌舞伎役者・坂東三津五郎九代目がロサンゼルスの弟子に免状を与えるときに使われた。日本食レストラン「千羽鶴」は、安倍晋太郎外務大臣(前安倍晋三首相の父)が昼食に使っている。

 しかし、1990年代初めから日本からの宿泊客が減少し始め、やがて、ニューオータニ・ホテルの文化プログラムも縮小されて行く。

 杉葉子さんは、1949年制作の映画「青い山脈」で女優デビュー、日本だけで70本以上の映画に出演しているベテラン女優。1960年代から日本を離れ、台湾、ドイツ、アリゾナを経て、1970年代からロサンゼルスに住んでいる。

◎ 2007年10月文楽北米ツアーを振り返る:アメリカに定着した文楽ファン(2,5ページ)
 
 国立文楽劇場(大阪市)による2007年10月の北米公演は、各地で、成功のうちに公演を終えた。20年ぶりの文楽北米公演は、文楽ファンがアメリカに定着していることを、証明した。この北米ツアーの実現のためには、3年の歳月と日米両国での多くの個人、団体の努力があった。

 2007年に文楽の北米公演をおこなう計画は、大阪市とサンフランシスコ市の姉妹都市提携50周年事業の一環としてもちあがった。そして、ボストン日米協会会長のピーター・グリーリ氏、サンフランシスコ・大阪姉妹都市協会の副会長スティーブ・イサオ・マツウラ氏、ロサンゼルス日米文化会館のロバート・ホリ氏の尽力によって実現した。グリーリ氏とマツウラ氏は、2007年北米文楽ツアー組織委員会の共同議長を務め、ホリ氏は、巡業部長の役割を果たした。また、文楽北米ツアーの主催団体は、ロサンゼルス日米文化会館が引き受けた。

 文楽北米公演では、演目の間に、三味線、太夫、人形遣いの解説が行われたが、その時の司会進行役を務めたグリーリ氏に、アメリカで、なぜ、文楽が人気をもつようになったのか、をインタビューした。グリーリ氏自身が、初めて文楽に出会ったのは子供のころのことだった。第二次世界大戦が終わって数年後のこと、グリーリ氏の父親が連合国占領司令部に勤務するため、家族で東京に渡った。グリーリ氏が5歳のときだった。

 グリーリ氏が初めて文楽を見たのは8歳のときで、文楽は、グリーリ氏にとっては、まったく新しいタイプの娯楽で、すっかり魅了されてしまった。文楽の作り出す世界には、現実以上になまなましさがあった、という。人間の感情を人形に置き換えたとき、人間が表現する以上の感情があふれ出るのだと、いう。それは、風刺表現の中に、より率直な感情が表れることに似ているのだ、という。

 文楽をはじめ多くの日本の演芸は、アメリカの舞台芸術に影響を与えている、という。西洋演劇には、本物そっくりに演技をすべきだ、という伝統がある一方で、最近のアメリカの演劇界では、抽象表現を取り入れる傾向があり、そのときの手本になっているのが、日本の舞台芸術なのだという。

 ジュリー・テイモアーが監督をしたブロードウィー・ミュージカル「ライオン・キング」には、操り人形が使われており、文楽から影響を受けていることは、明らかだ。また、ニューヨーク・メトロポリタン劇場で上演されたオペラ「マダム・バタフライ」ではオペラ歌手の周りに黒子が登場し、歌手を人形に見立て、黒子が人形遣いで、あるかのような演出が行われている。

 このように、文楽への関心がアメリカで高まっていたにもかかわらず、1998年の北米ツアー以来、文楽公演はアメリカでは行われていなかった。今回の北米ツアーの実現のためには、3年の準備期間がかかったが、グリーリ氏は、次の文楽北米ツアーが10年先にならないように、願っている、と語っていた。

 2007年10月の北米での文楽の公演先は、ボストン(10月2、3日)イリノイ大学シャンペイン校(10月6日)ノースウエスタン大学エバントン校(10月8日)サンフランシスコ・アジア美術館(10月12日)UCバークレー校(10月13、14日)ロサンゼルス日米劇場(10月18、19、20日)。スポンサーは、文化庁、国際交流基金、関西経済連盟、大阪商工会議所、大阪日米協会、米日財団、北米トヨタ自動車。

(この原稿は、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校でクリエーティブ・ライティング専攻のダニエル・ウィーネルが書きました)

◎ 現代アートの村上隆の総合展示がロサンゼルス現代美術館のゲフィン別館で、10月29日から2月11日(3ページ)

 第二次大戦後、日本から現れたもっとも有名な現代アーティストのひとりと言われている村上隆の大規模作品展が、10月29日から2008年2月11日まで、ロサンゼルス現代美術館のゲフィン別館のすべての展示場(計約2万平方フィート)を使って進行している。「コピーライト・ムラカミ」というタイトルの付いた展示は、開幕直前に、ロサンゼルス・タイムズ紙も2回にわたって大きく取り上げ、ロサンゼルスの都心部には、垂れ幕型の宣伝やビルボード型広告塔が多数出現している。

 村上隆は1960年代前半の生まれて、東京藝術大学の日本画コースを卒業している。また藝大の博士課程を修了して、博士号も持っている。伝統的日本画と、今、流行っている漫画やアニメの世界を同時に描き分ける才能に恵まれ、工房システムを作り上げて、多くのスタッフを使い、多くの異なるジャンルの作品を同時進行で制作している。東京とニューヨーク・ロングアイランドに制作場所を持っている。

 村上隆の作風は、日本画を背景に使い近代的イラストを組み合わせた絵画から始まり、今は、日本画の要素をまったく捨てて、完全に漫画の世界に入り込んだ作品と、逆に日本画の伝統だけに戻った作品とを同時に制作している。また、アニメや金属製の巨大な仏像まで制作して、今回の展開に出展している。

 また村上隆を世界的に有名にしたのは、ルイビトン・ハンドバックのデザインがある。2000年からルイビトン社のデザイン部長と村上隆の共同作業が始まり、それまで、落ち着いた色調が売り物だったルイビトン・ハンドバックにカラフルな模様と漫画デザインを持ち込んだ。

 今回のゲフィン別館での展示では、約1000平方フィートのルイビトンの販売店舗が作られ、実際に、村上隆の工房がデザインしたハンドバックが販売されている。「コピーライト・ムラカミ」展は、ロサンゼルスの後は、ニューヨークのブルックリン美術館(2008年4月4日から7月13日)ドイツ・フランクフルトの現代美術館(2008年9月から2009年1月)スペイン・ビルバオのグーゲンハイム美術館(2009年2月から5月)を巡回する。

 ロサンゼルス現代美術館ゲフィン別館は、リトル東京にあり、入場料は大人8ドル。火、水曜日が閉館。木曜日午後5時から8時までは、無料で見ることができる。

◎ 日系3世世代が「日本町」をテーマにしたミュージカル、12月1日(3ページ)
 
 ロサンゼルスの日米文化会館が主催で、12月1日午後1時からリトル東京のアラタニ日米劇場でミュージカル「日本町こそ、その場所」が上演される。舞台は、2005年のアメリカに存在するある日本町、という設定。99年続いた饅頭屋を経営する三世が、商売を止めようとする前夜に、この店を創業した一世のおじいさんの亡霊が現れて、三世の孫を77年前の日本町に連れて行く、という話。

 日系三世世代の俳優や音楽家による公演で、美空ひばりの持ち歌や、戦前の日本歌謡が流れる。チケットは35ドル。

◎ 映画「筆子」のロサンゼルス上映会、11月18日(3ページ)

◎ 東京からやって来る「セレブレティー弦楽四重奏」の全米日系博物館の公演、11月15日(3ページ)

◎ ロサンゼルスの日本舞踊、若柳久三師匠の東京国立劇場公演の凱旋公演、1月19日に日米劇場で(4ページ)

◎ 相撲の歴史:土俵入り(4ページ)

◎ 日本旅行情報:たばこと塩の博物館で、「幕末ニッポン」展、11月23日から1月14日(4ページ)

 2008年は日米修好通商条約が締結されて150年目にあたる。日本専売公社から発展した日本たばこ会社が運営する「たばこと塩の博物館」では「幕末日本」のテーマで11月23日から1月14日まで、初代駐日総領事を務めたタウンゼンド・ハリスに関する資料のほか、幕末の世相を描いた浮世絵や幕末の状況を写した古写真、さらに新発見の資料である「文久日記」(文久年間<1861年から1864年まで>における桑名藩<現在の三重県>士の江戸滞在記録)などを中心に激動する幕末ニッポンの世相を紹介する。

(東京在住、板津木綿子<いたつ・ゆうこ>さんのレポート。板津さんは南カリフォルニア大学の博士課程在籍中。現在、津田塾大学の非常勤講師)

◎ ハンフォードのクラーク・センター日本美術研究所の秋の展示「舞と面:能舞台の芸術」、12月1日まで(5ページ)

 能に使われた衣装や面の展示とともに、能舞台を描いた日本画の展示。日本画は、1897年から1902年にかけて数百枚にのぼる「能楽絵図」を描いている月岡耕漁(つきおか・こうぎょ、1860-1927)の作品が8点。耕漁は、月岡芳年を義父にもつ。耕漁は「能」をテーマにした浮世絵を売り出したことで知られている。
 
 また、最後の琳派と呼ばれる神坂雪佳(かみさか・せっか、1866-1942)の作品が11点、展示されている。雪佳の作品は、耕漁より、より洗練された丸みのある、色彩豊かな日本画ある。

◎ パサデナ-静岡県三島の姉妹都市縁組50周年記念で祝賀会(6、7ページ)
 姉妹都市縁組50周年を迎えて、三島市の代表団31人は、10月1日から3日間、パサデナ市を訪問した。三島市の訪問団の中には、ノーマン・峯田元運輸長官の従兄弟にあたる峯田タケシ氏が入っていた。パサデナ市の代表は、9月初めに三島市を訪問している。

◎ ロングビーチ-三重県四日市の姉妹都市縁組は45周年に(6、7ページ)
 1年繰り上げて45周年を祝う四日市からの井上哲夫市長、笹岡秀太郎市議会議長ら代表団6人がロングビーチ市を訪問し、10月26日に祝賀会が行われた。

◎ パシフィック・アジア美術館でフランス人浮世絵師の展示、12月6日から3月30日(8ページ)

 日本の浮世絵がモネやゴッホなどのフランス印象派に大きな影響を与えたことは、よく知られていることだが、フランス人の浮世絵師が日本に居たことは、あまり知られていないことである。ポール・ジャクレーは1896年にパリで生まれた。4歳のとき、フランス政府の役人だった父の仕事で東京にやってきて、生涯を東京で過ごした。

 ジャクレーの時代には、江戸の技術を受け継ぐ版画の彫使や刷使がおり、その技術を生かした色鮮やかな作品が作られている。作品は166点が残されている。展示作品は、パシフィック・アジア美術館の所蔵品。今回の展示は約20点。

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# by culturalnews | 2007-11-26 04:35 | 月別の日本語要約
◎邦楽の伝統と西洋音楽の歌唱法を融合させた大和楽 (1、4ページ)

 「大和楽」は、江戸時代から続く、伝統的な三味線音楽に、西洋音楽の発声法や和声、輪唱、ハミングなどの演奏法を採り入れて、昭和8年(1933年)、当時の日本の財界の大物、大倉喜七郎男爵によって作り出された。大倉喜七郎は、大倉財閥のオーナーであり、今日も続くホテル・オークラの創設者。
 
 ヨーロッパ文化にも詳しかった大倉喜七郎は、西洋にも通じる日本の音楽を作り出そうとした。創設時には、大倉喜七郎(聴松)と岸上きみを中心に、團伊玖磨、藤原義江、原信子ら洋楽畑の音楽家も参加し、鑑賞のための大和楽が多く作られた。

 やがて、舞踊家、西川鯉三郎、尾上菊之丞、吾妻徳穂らによって大和楽が盛んに取り上げられるようになり、舞踊界との結び付きが強くなった。

 この頃の作詞陣には、長田幹彦、笹川臨風、西条八十、長谷川時雨、北原白秋といった錚々たる顔触れが迎えられ、作曲では、稀に見る美声と音楽的才能の持ち主であった岸上きみ、三味線の宮川寿朗(清元栄寿郎・人間国宝)が大活躍した。さらに、杵屋佐吉の門で唄い手として抜きん出ていた三島儷子(後の大和美世葵)が招かれ、大和楽は発展した。

  昭和40年代の前半(1965年から1969年)は、大倉、岸上、宮川の中心者が相次いで亡くなり、唄方、三島儷子が孤軍奮闘した。作品もいくつかは生まれたが、演奏の中心となる立(たて)三味線が不在の期間だった。

 「月慈童」(駒井義之作詞・芳村伊十七作曲)が縁となり、長唄三味線の名手、芳村伊十七(よしむら・いそしち・後の大和久満)が大和楽の立三味線として招かれる。昭和44年(1969年)、流儀運営のため大和流が復活。昭和51年(1976年)には、初代家元・大和美世葵(みよき・三島儷子)が誕生した。理事長に大和久満が就任し、理事に大和三千世(みちよ)・大和秀(ひで)といった両ベテランを加え、大和楽陣容が整った。この時期には、特に舞踊曲としての大和楽が発展した。

 昭和62年(1987年)初代家元、美世蒼の死去で、大和久満が二代目家元となり、唄方では大和三千世、大和礼子、大和左京らが中心に活躍するようになる。またこのころからは、大和久満が専属のコロムビア・レコードより、レコード・カセットテープ・CDが発売しされ、全国的に大和楽が広まるようになった。

 アメリカでは初めての大和楽コンサートが、2008年1月5日午後7時から、トーレンスのアームストロング劇場で、文化庁の後援で、行われる。チケットは、一般35ドル、学生とシニアは20ドル。

 出演者 唄:大和左京、大和礼子、大和三千壽、大和久萌。三味線:家元・大和久満、大和櫻笙、大和久涛、大和久織。鳴物:堅田新十郎、堅田喜三郎、堅田昌宏、藤舎推峰。筝:二代目・米川敏子。舞踊:若柳久三、坂東三津拡会

 曲目(第一部)舞踊、「梅」「三十石の夜舟」「お祭」「鶴」(第二部)「江戸風流」「雪の降る街を」(8ページに広告を掲載)

◎ロサンゼルスの文楽公演、10月18-20日(1ページ)

 国立文楽劇場(大阪市)の20年ぶりの文楽公演が、10月18日から20日まで、ロサンゼルスのアラタニ日米劇場で行われる。演目は、「伊達娘恋緋鹿子」(だてむすめ・こいの・ひがのこ)-火の見櫓の段-、「壷坂観音霊験記」(つぼさか・かんのん・れいげんき)-沢一内より山の段-のふたつ。文楽協会の技芸員26人が参加。

◎ニューオータニ・ホテルとリトル東京(パート1) 再開発の先駆者だった鹿島建設(2、5、6ページ)

 1977年10月にオープンし、日本文化の象徴的存在だった、リトル東京のニューオータニ・ホテルが、売却された。ニューオータニ・ホテルのビルを所有するイースト・ウエスト・ディベロプメント社によれば、ホテル・ビルと隣接のウエラー・コート・ショッピング・センターは、ビバリーヒルズに本社を置く3Dインベストメント社に売却された。

 このホテル・ビルをニューオータニ・ホテルが運営する契約は、11月末で期限切れになり、以後は、新しい会社がホテル経営を行い、名称も、新しくなる。

 ニューオータニ売却のウワサが流れ始めた8月後半から、ロサンゼルスの日系人社会では、日本文化の象徴であるニューオータニ・ホテルうを失うことに、反発の声が上がっていた。カルチュラル・ニュースは、ニューオータニ・ホテルの設計者で、リトル東京の再開発に50年近く年月、関係してきた建築家の高瀬隼彦氏に、ニューオータニ・ホテル建設の経緯を聞いた。リトル東京再開発の歴史を振り返ることで、ニューオータニ問題を冷静に討議することを期待するからである。

 東京生まれの高瀬氏は、今年77歳、東京大学の建築学科を卒業した後、ハーバード大学で建築修士号を得て、ニューヨーク・ワールド・トレード・センターの設計で有名な建築家ミノル・ヤマザキのデトロイトの事務所で研修し、その後、ニューヨークの建築事務所で働いた後、1960年代、日本に帰国、鹿島建設の設計部に入社する。

 高瀬氏がロサンゼルスにやってきたのは、1964年で、リトル東京再開発のさきがけとなる「鹿島ビル」を設計・施工するためだった。鹿島ビルは1967年に完成している。

 リトル東京に、ニューオータニホテルが出現したのは、第二次大戦後、スラム化していたリトル東京を復興させようという再開発計画は発端だった。当時、ロサンゼルス市役所が、庁舎の増築の必要に迫られており、ほっておくと、リトル東京がなくなってしまうという危機があった。ユニオン教会のハワード鳥海牧師が中心となり、「リトル東京再発協会」が組織された。当時、日本の鹿島建設の会長だった鹿島守之助氏は外交官だったこともある異色の経営者で、日本国総領事館と加州住友銀行をキーテナントとした鹿島ビルを建てることができたのも、鹿島守之助氏の力が大きい。

 鹿島ビルの建設がスタートとなった、リトル東京の再開発は、その後、地域再開発局(CRA)という行政機関が中心となって進められて行くことになる。1970年には、リトル東京の7ブロック、67エーカーが、再開発計画の指定を受け、マスタープランが決定される。そのマスタープランの中に、約400室の一流ホテルを建設する、という計画が盛り込まれた。

 ところが、ホテル建設予定地になっていた場所には、日系商工会議所や日本文化の団体が入ったサン・ビルがあり、立ち退きにあたり、大きな反対運動が巻き上がった。そのサン・ビルのテナントを収容するために、まず先に、日米文化会館とジャパニーズ・ビレッジ・プラザ・ショッピング・センターが建設された。

 鹿島建設は、ホテル・ビル建設事業を進めるために、他30社を募り、ホテル・ビルの建設・運営会社、イースト・ウエスト・ディベロプメント社を組織し、CRAから事業者としての指名を受けた。このとき、ホテルの設計の責任者だったのが高瀬氏で、市役所に届け出る「担当建築士」の名義も、高瀬氏の名前が使われている。

 ニューオータニ・ホテルは、21階建てで、434室の客室ホテルとして1977年に完成した。畳を使った日本式の部屋が3カ所作られている。ニューオータニ・ホテルの大きな特徴は、3階の屋上に作られた日本庭園である。東京のホテル・ニューオータニは、400年の歴史をもつ日本庭園があることで知られており、ロサンゼルスのニューオータニにも、その日本庭園を再現しようとしたのだ。また、本格的は日本料理を提供する「千羽鶴」レストランが、日本庭園を見渡せる場所に造られた。

 当初、3階の屋上には、ロサンゼルスのホテルに必ずあるプールが作られる予定だったが、鹿島建設のアイディアで、日本庭園を造ることになった。また、一番最初にホテル事業者として名前があがったのは、プリンス・ホテルだった。

 ニューオータニ・ホテルと、その後建設された隣接のウエラー・コート・ショッピング・センターでは、「お正月in リトル東京」や「二世ウィーク」関連の行事など、さまざまな、日系社会のイベントが行われてきた。ひな祭人形や端午の節句の兜の展示など、ニューオータニ独自の日本文化展示も、毎年、行われていた。ニューオータニの撤退は、ロサンゼルスの地元のひとにとっては、思ってもみなかったことだった。

◎究極の伝統芸能の組み合わせ、新内と車人形劇のハンフォード公演(2、3ページ)

 新内は、18世紀半ばに生まれた歌曲のひとつだが、歌舞伎の伴奏に使われる長唄や、文楽人形劇の中心となる浄瑠璃のように、他の芸能と一緒に、演奏されることがなかった。八王子車人形は、東京・八王子に伝わる人形劇で、文楽の3人で1体の人形を使う技法を、1人でも使えるようにしたもので、車の付いた小さな箱の上に、人形遣いが座り、全身を使って人形を操る。この車人形と
人間国宝の新内家元、11代目敦賀若狭掾(つるが・わかさのじょう)が共演し、「雪」「弥次喜多」が、10月14日、カリフォルニア中部の農業地帯、ハンフォードで公演される。

◎仏教伝道協会のテレビ番組、毎週日曜日、午後6時30分から(2ページ)

 仏教伝道協会のテレビ番組「仏教徒の生き方」シリーズでは、10月7日は、高野山米国別院の旭清澄師の精進料理講習の第3回目を放送する。10月14日は、仏教徒の実業家紹介で、和菓子製造販売の「三河屋」の社長、フランシス橋本さんを紹介する。仏教の教えを受けて育ったことが、事業家としての基盤になっていることを紹介する。10月21日と28日は、高齢者を対象とした保険会社ブラボー・ヘルスの経営者ジェフ・フォリックさんの、事業における仏教の実践を紹介する。テレビ番組は、チャンネル44で放送。

◎仏教レクチャーと仏教から生まれた日本の習慣(2ページ)

パシフィック・アジア美術館、10月14日、午後2時、講演「ベランダ-間の世界、仏教僧侶
の生き方」高野山僧侶で、日米文化会館芸術部長を務める小阪博一師の話。(英文の禅宗の僧侶というには、間違い)

七五三の由来 11月15日かその日に近い日曜日に、日本で行われている子供の祝い。男の子は、3歳と5歳、女の子は、3歳と7歳になったことを、神社や寺院に行って、祝う習慣。起源は、平安時代(8世紀から12世紀)まで、さかのぼるとされている。平安時代、男の子は、5歳で袴をはきはじめ、女の子は、7歳から着物をきるときに、紐から帯を使うようになった。

◎明治時代に、知的障害者の教育に生涯をかけた貴族女性を描いた映画の上映会、11月18日(3ページ)

 明治時代の貴族女性の生き方を描いた映画を見て感動を受けた市民グループが、ロサンゼルスで上映運動を始めている。自ら知的障害者を生んだため、知的障害者の教育に一生をささげることになった明治の貴族婦人、石井筆子の生涯を描いた映画「筆子その愛―天使のピアノ」(山田火砂子監督)が、11月18日、ロサンゼルス・リトル東京のアラタニ日米劇場で、午後1時と午後4時30分の2回上映される。チケットは15ドル。日本から山田監督がかけつけ、上映会の間で、舞台挨拶をする。

◎パサデナのスキン・フェスティバルに、秀明太鼓が参加、10月14日(3ページ)

 パサデナ市内の美術館が共同開催する「アート・アンド・アイディア2007年パサデナ・フェスティバル・オブ・スキン」の一環として、秀明芸術協議会は、「皮の怒涛、皮のつぶやき」と題した、太鼓コンサートを10月14日。午後3時30分からパサデナの秀明ホールで行う。無料。出演は、著名な太鼓プレーヤー中村コウジ、尺八がマルコ・ラインハード。中村とラインハードは、元鬼太鼓座のメンバー

◎日本庭園で菊の展示、10月27-28日、11月3-4日(3ページ)

 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校日本庭園、10月27-28日、午前10時から午後5時。菊の展示。入場料は7ドル。

 ディスカンソー・ガーデン日本庭園、11月3-4日、午前9時から午後4時。日本庭園フェスティバルのイベントが行われる。菊の展示、品評会、草月流にいけばなの展示、藤間勘須磨会により日本舞踊、太鼓演奏、お茶のお手前など。

◎オーロラ日本語奨学金の募金コンサート、10月28日(3ページ)

 アメリカ人の日本語教師を応援するオーロラ日本語奨学金の募金コンサートが10月28日午後6時から、トーレンスのエルカミノ大学内マーシー講堂で行われる。募金コンサートは、恒例行事で、今年は、ゴスペラーズが出演する。

◎相撲の歴史:土俵 (4ページ)

◎草月流ロサンゼルス支部の秋の展示会、10月13、14日(4ページ)

 草月流ロサンゼルス支部の恒例の秋の展示会が、10月13、14日、午前10時から午後5時まで、リトル東京の全米日系人博物館のアラタニ・ホールで行われる。草月ロサンゼルス支部の会員は、約80人。

◎ロサンゼルス・カウンティー美術館、2007年9月から2008年2月の展示(4ページ)

 ロサンゼルス・カウンティー美術館の日本パビリオンの展示が9月6日から新しくなった。根付展示コーナーは、「町の生活」をテーマにした展示を行っている。写真は、藤娘を型どった根付。

◎クラーク・センター日本美術研究所で能をテーマにした展示、12月1日まで(4、6ページ)

 カリフォルニア州中部のハンフォードにあるクラーク・センター日本美術研究所で、9月から始まっている秋の展示は、能がテーマ。能装束、能面など、能に使われる道具と能をテーマにした日本画や浮世絵の展示。展示の第1部は、最後の琳派といわれる神坂雪佳と浮世絵師、月岡耕漁の能舞台を描いた作品が並べてある。

◎神浦元彰の日本レポート・アメリカが日本にインド洋での給油活動を求める本当の理由(6ページ)

(軍事アナリスト神浦元彰がカルチュラル・ニュースのために特別寄稿した記事を、東京在住の翻訳家アラン・グリーソンが英訳しました。)

 安倍首相は、9月12日、突然辞任を発表したが、そのときに挙げた一番の理由は、インド洋での海上自衛隊(海自)の補給活動を認める「テロ対策特別措置法」(テロ特措法)の延長ができない、ということだった。この日、アラビア海の北部では海自の補給艦「ときわ」が778回目の給油をパキスタン海軍の駆逐艦に行っていた。アフガンからアルカイダなどのテロリストが逃亡したり、逆にアフガンに武器や弾薬を運び込ませないために、アフガン戦争が始まった01年12月から、インド洋で海自による多国籍軍への洋上給油が始まった。

 日本の小泉首相(当時)はアメリカのアフガン戦争を支持すると表明し、給油のための輸送艦と護衛の駆逐艦の派遣を決めた。そのことを法律化したのがテロ特措法である。このテロ特措法は、11月1日で3回目の期限が切れる。海自の給油活動を続けるためには、テロ特措法の4回目の延長決議を国会で行わなければならない。

 しかし、今年7月の選挙で大勝した民主党代表の小沢一郎氏は、テロ特措法の延長に反対することを表明しアフガン戦争は、アメリが、国連の制裁決議を求めず、独自に始めた戦争だからである。自衛隊の海外派遣は、国連の安保理決議がなければ、できない、というのが、小沢氏の主張である。また、インド洋の洋上給油はアフガンのテロリスト制圧のためではなく、イラク戦争のために使われているという疑惑が指摘されている。実際の給油活動について、外務省や防衛省はこれを軍事秘密として、国会に対しても情報の公開や説明を拒んできた。

 しかしアメリカが、日本に給油の延長を求める本当の理由は他にある。多国籍軍の中にパキスタン海軍がいることが、本当の理由なのだ。パキスタン海軍の艦船に米海軍の補給艦から給油すれば、イスラム国であるパキスタンでの反米意識を強く刺激し、現在のムジャラフ大統領(親米政権)はもたない、と言われている。そこで日本に給油を代行させたいのだ。

 安倍首相辞任の混乱で、テロ特措法の延長は不可能になった。11月に入れば、海自はインド洋から撤収しなければならない。その後、海自のインド洋での給油活動が再開されるか、どうかは、新首相が選ばれた国会での論議にかかっている。(神浦元彰のウエッブサイトは毎日、更新中: www.kamiura.com)

◎国際交流基金(ジャパン・ファンデーション)の武具展、9月15日から11月10日まで(5ページ)

 ロサンゼルスの日米文化会館で、国際交流基金の協力の下、「武具:侍の精神」展が、9月15日から11月10日まで、開かれている。この展示が、国際交流基金が、海外の日本武道に対する強い要望に応えて企画したもので、オリジナル・タイトルは「武道の精神:日本のマーシャル・アーツの歴史」。実際の戦場で活用された武術に始まり、近代スポーツへと変貌した日本武道の歴史を紹介している。

 展示は、2つのコーナーに分かれており、前半のコーナーでは、8世紀から19世紀までの、日本の武具を複製品を使って展示している。後半のコーナーでは、19世紀から20世紀にかけて、武術から武道への変遷が起こったことを紹介。日本を代表する9つの武道団体を紹介するパネルも展示されている。

 武具展は、ロサンゼルスの後は、トロントへ移動する。

◎藤間千勢絵師匠の三回忌に門下生が集まり、踊りを披露(5ページ)

 ハワイ生まれで、2005年9月28日に死去した日本舞踊に藤間チ千勢絵師匠の門下生が、9月8日、ロサンゼルス・ニューオータニ・ホテル内の千羽鶴レストランに集まり、師匠の三回忌をしのび、日本舞踊を披露した。故・藤間千勢絵師匠は、藤間流の家元・三世藤間勘右衛門(歌舞伎役者名は、七代目松本幸四郎)から、名取を許されている。

◎南カリフォルニア日本語教師会の講習会、11月4日(7ページ)

 南カリフォルニア日本語教師会の秋の講習会が、11月4日、シャーマンオークスのノートルダム高校で行われる。基調講演には、プリンストン大学から牧野セイイチ教授を迎える。

◎寿司職人養成学校の校長、アンディー松田のコラム:日本へ修行に出かけた生徒(7ページ)

 デビット・ボハダナはフロリダ州ボカラトン出身の21歳。地元の高校を卒業してすぐ、地元にある日本食レストランで2年働いた後、この6月、当寿司職人学校へやって来た。2カ月の初級コースを終わった後、デビットは、わたしの実家が経営する大衆割烹料理店「松屋」に3週間、インターンに入ることになった。「松屋」は、兵庫県西脇市にあり、40年前に父が始めた店。わたしも、渡米する直前は、松屋で、仕事をしていた。現在の松屋は、250席の客席があり、7人のシェフが、朝9時から夜の11時まで、週6日間働いている。

 デビットは、8月27日に日本に出発、9月28日にロサンゼルスに帰ってくるが、わたしは、すでに、デビットの次の仕事を見つけている。高級リゾートを経営するオーシャン・リーフ・クラブ
のフロリダ州キーラゴのシェフの仕事だ。

 恒例の日系レストラン協会の「ジャパニーズ・フード・フェスティバル」が10月27日、午前11時から午後3時まで、ニューオータニ・ホテルで行われる。このイベントで昨年行われた寿司職人コンテストでは、当校のインストラクターが2位になった。今年は、カリフォルニア州ウニ諮問委員会のスポンサーを得て、ウニを使った料理を展示するブースを出典する。フード・フェスティバルの詳細は、ウエッブサイト www.jrasc.com を見ていただきたい。

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# by culturalnews | 2007-10-18 05:39 | 月別の日本語要約
国立文楽劇場(大阪市)が20年ぶりに北米公演(1、4、6ページ)

 国立文楽劇場(大阪市)の北米公演が、20年ぶりに行われる。大阪市とサンフランシスコ市が、姉妹都市50周年を迎えることから、10月2日から20日まで、サンフランシスコ、バークレー、ロサンゼルス、ボストン、イリノイ州2カ所を回る。

 ロサンゼルスでは、10月18、19、20日の3日間、計4回公演が行われる。演目は、「伊達娘恋緋鹿子」(だてむすめ・こいの・ひがのこ)-火の見櫓の段-、「壷坂観音霊験記」(つぼさか・かんのん・れいげんき)-沢一内より山の段-のふたつ。文楽協会の技芸員32人が参加。チケットは、65ドルと58ドル。

●「伊達娘恋緋鹿子」(後藤静夫=京都市立芸術大学教授)=これは、恋がきっかけで江戸時代に実際に起こった事件に基づいて書かれた物語。江戸時代は大変火事が多く、一度起こると大きな被害をもたらした。事の重大さから、放火犯は火あぶりの刑という厳しい刑罰に処せられた。

 実説では、八百屋の娘お七は、火事で避難した寺の吉三郎という美しい若者に恋をする。家
が再建された後、お七は家に戻るが吉三郎のことが忘れられず、何とか会いたいと思いつめる。

 もう一度家が焼ければ彼に会えると思いつめたお七は、死刑覚悟で放火する。すぐにお七の仕業とわかり捕えられ、皆の見る前で火あぶりにされたという。

 演目「伊達娘恋緋鹿子」では、お七は愛する吉三郎が命がけで探している宝物の刀を探し出し手に入れるが、吉三郎が切腹をしなければならない時間が迫まってくる。

 町の防犯用の門は、夜になり閉められている。思案にくれるお七の目の前に火の見櫓がある。お七は、死刑にされても愛する吉三郎の命を助けたいと、凍り付いた梯子を必死の思いで登り、火事を知らせる鐘を鳴らし、開いた門を抜けて駆け出していく。

 文楽では、3人の人形遣いが人形のすぐ後に姿を現して遣う。ところがお七が櫓を登るところでは、人形遣いが姿を見せずに人形が自分で登っていったり、すべり落ちるように見える。このちょっと不思議な面白い工夫も見ものである。

 日本舞踊や歌舞伎でも演じられる人気曲で、今から230年ほど前の安永2年に菅専助たちによって書かれ、大阪で初演されている。 太夫=豊竹呂勢大夫、竹本相子大夫。三味線=豊澤富助、竹澤団吾、豊澤龍爾。人形=吉田清三朗。
 
●「壷坂観音霊験記」(後藤静夫=京都市立芸術大学教授)=文楽で上演する作品、浄瑠璃は、ほとんど江戸時代に書かれたものだが、「壺坂観音霊験記」は明治時代になってからの作品。

 元は近畿地方の33カ所の観世音菩薩にまつわる奇跡やご利益の物語の一部分だったが、文楽の三味線弾きの名人らが手直し・作曲して、盲人夫婦の愛情物語としてヒットした。物語の最後に、主人公の目が観音様のお陰で治るというちょっと不合理なところも、元になった物語の影響だと考えたい。

 この作品は三味線の作曲がよくできている。沢市やお里の感情や、沢市が杖で足元を探る様子、あるいは切り立った崖下の轟々と響く谷水の音などを三味線が巧みに表現し、太夫の語りをいっそう効果的に引き立てている。

 最後に2人が喜び踊るところは、「万歳」という軽快で楽しい旋律で締めくくられる。こういう点にも注意を向けて鑑賞すると、文楽がさらに身近に感じられるかもしれない。太夫=竹本津駒大夫。三味線=竹澤団七、竹澤団吾。人形=吉田和生、吉田玉女。

日本舞踊・正派若柳流の久三師匠の東京・国立劇場舞台のロサンゼルス凱旋公演、1月19日(1、6ページ)

 日本舞踊・正派若柳流米国本部主宰の若柳久三師匠は、この6月、東京・国立劇場で行われた正派若柳流の定期公演会で「勝三郎連獅子」を披露しているが、10月7日、再び国立劇場で舞台を披露する。10月の公演は、若柳彦三衛門師匠が主宰する柳風会公演の中で、久三師匠は、彦三衛門師匠と「賤機帯」(しずはたおび)を踊る。

 「賤機帯」は、子供(梅若丸)を誘拐された女(狂女)が、子供の消息を追って、都から、遠く江戸へと旅をし、隅田川のほとりにたどり着く。そのころ、すでに、女は気がふれているとの噂が広がり、隅田川の川越えのふなおさが、梅若丸の消息を知りたければ「あれを舞え」「これを舞え」と無理難題でからかう。子供に会いたい一心で、無理難題をこなしていく女に待っていたのは、すでに、この世にない、梅若丸の小さな墓だった。

 この踊りは、45分の中に、悲しみ、怒り、絶望、望み、素直さ、落胆、気の変調の起こりなど、表現する、非常に難しい曲。題名「賤機帯」(しずはたおび)は、正しくは「倭文機帯」と書き、古代の織物の一種で、その模様の入り組んでいるところから、心の模様の乱れたさまに例えられている。

 久三師匠がロサンゼルスで主宰する「華の会」は、2008年1月19日に、リトル東京のアラタニ日米劇場で新春特別公演を行うが、この公演では、東京から彦三衛門師匠を呼び、「賤機帯」を凱旋公演する。チケットの販売は、11月20日から。

茶道をカリフォルニアで広めた小泉巌エドワードさん(2、5、6ページ)

 本業は、都市計画コンサルタント、長年住むオレンジ・カウンティーではキリスト教会の指導者という、小泉巌エドワードさん(80歳)には、茶道愛好家の団体「裏千家カリフォルニア今日会」の会長を長年務め、しかも、茶室の設計・施工を請け負うと、いう別の顔がある。

 昭和2年、東京で生まれ、父親は銀行幹部だった小泉さんは、海軍のレーダー要員の訓練を受けているときに、終戦を迎えた。青山学院大学で、建築と神学を学んだのち、1951年に、ロサンゼルスの南カリフォルニア大学へ留学した。南加大で、3年間、当時、最先端だった都市計画の勉強をしたのち、オレンジ・カウンティーの新興住宅地の開発に携わり、やがて、自分の会社を興し、米国内だけではなく、日本や台湾でも仕事をする、団地造成のコンサルタントになった。

 由子夫人が裏千家の茶人であったことから、自らも茶道に入り、1982年には、裏千家家元からカリフォルニア今日会を組織、会長になるように要請を受けた。

 建築デザインができることから、茶室を自宅に作ることを思い立ち、裏千家家元の茶室を参考にして、1983年に自宅を増築して、合わせて17畳の茶室と水屋を作った。その後、小泉さんに茶室を作る依頼が来るようになり、これまで、カリフォルニア州内で20の茶室を作っている。茶室は、すべて個人用のもので、茶道をする日本人や、日本風な建築を求める台湾人が施主。カリフォルニアでの茶室作りは、約15万ドルかかる。

 最近は、8月にリトル東京で行われた二世ウィークでも、パイオニアとして表彰された。小泉さんは、日本文化を伝える仕事をすることができて満足している、と語っている。(記事=中山健)

新内と車人形による舞台「弥次喜多」、10月14日、カリフォルニア州中部のハンフォードで(2ページ)

 人間国宝、鶴賀若狭掾(つるが・わかさのじょう)11世による新内と、八王子車人形、西川古柳5世による人形劇「弥次喜多」と「雪」が、10月14日(日)午後3時から、カリフォルニア州中部のハンフォード市にある、ハンフォード・フォックス劇場で行われる。

 「弥次喜多」は、江戸時代、1802年から1809年にかけて出版された十返舎一九の「東海道中膝栗毛」の主人公、弥次郎兵衛と喜多八の名前を合わせたもので、2人の珍道中を描いている。「雪」は、愛するひとを失った女の悲しみを描いた作品。

 文楽が3人の使い手でひとつの人形を操るのに対して、1人で人形を使うのが特徴。公演は、全部で90分で、英語に字幕が付く。クラーク日本美術研究センターが主催で、チケットは、クラーク・センター会員が12ドル、一般が18ドル。また、前日、13日には、新内、車人形の講習会も行われる。

テレビ番組「仏教徒の生き方」シリーズ、毎週、日曜日午後6時30分からチャンネル44(2ページ)

 仏教伝道協会が、放送している「仏教徒の生き方」シリーズは、9月は、曹洞宗北米開教区禅宗寺の小島しゅんみょう師が禅の歴史と教えについて、ラングみょうしん師が座禅の方法について、話をする。

ことばの森:漢字の起源、講演会、9月29日(3ページ)

 国際交流基金ロサンゼルス事務所とロサンゼルスの日米文化会館が、共同で「ことばの森:漢字の起源」講演会を、9月29日から10月8日まで、ロサンゼルスを含む5カ所の都市で行う。

 講師は、中国語と中国文化の歴史に詳しい京都大学総合人間学部の阿辻哲次(あつじ・てつじ)教授と、日米文化会館の芸術部長の小阪博一さん。ロサンゼルスの講演は、9月29日(土)午後1時からリトル東京のアラタニ日米劇場で。入場無料。

 初めて、中国で文字が現れたのは、紀元前14〜11世紀の漢の時代で、亀の甲羅や牛の骨等に刻まれたものだった。この最初の文字は、自然界、神への信仰や農業などを説明していた。講演会では、表意文字の進化に触れ、文字を書く実演も行われる。

平安音楽と月見の夕べ、9月26日(3ページ)

 中秋の名月(9月25日)にちなんで、ロサンゼルスのニューオータニ・ホテルでは、ホテル内の日本庭園で、9月26日、雅楽と月見イベントを午後8時から9時まで、行う。参加費は、5ドル。ドリンク付き。ロサンゼルスの日本人僧侶らが中心の「緊那羅雅楽」が演奏する。演目は、絵越天楽、千秋楽、抜頭(ばとう)、納曾利(なそり)そして舞楽もある。

広島の被爆者の実話を基にした演劇「アフロダイトを呼んで」の上演、9月23日まで(3ページ)

 ロングビーチ市のインターナショナル・シティー・シアターは、広島で被爆した女性のケロイド整形手術の実話を基にした演劇「アフロダイトを呼んで」の上演を、9月23日まで、ロングビーチ・パーフォーミング・アート・センターでやっている。1950年代に、広島からニューヨークへ送られた「ヒロシマ・メイドン」(被爆乙女)と呼ばれた被爆者と、手術を担当するアメリカ人医師の葛藤を描く。脚本は、アメリカで暮らす日本人女性のテーマを追いかけているベリナ・ハス・ヒューストン。チケットは、32ドルから42ドル。

侍映画4本の上映と「武具」展示会、9月30日(3ページ)

 ロサンゼルスの日米文化会館は、国際交流基金ロサンゼルス事務所の協力で、恒例の「活動写真シリーズ」をアラタニ日米劇場で、9月30日(日)に行う。侍映画4本を午前11時から、午後7時30分まで、連続して上映する。作品は、「三匹の侍」五社英雄・監督、1964年作。「雲霧仁左衛門」五社英雄・監督、1978年作。「上意討ち拝領妻始末」小林正樹・監督、1967年作。「蜘蛛巣城」黒沢明・監督、1957年作。午後7時30分の上映の前に、ロサンゼルス弓道会による実演が劇場内で行われる。

 また、9月15日から11月10日までは、同会館1階のドイザキ・ギャラリーで、国際交流基金が企画した「武具」展を開催している。

[日本トラベル情報] 岡倉天心展、10月4日から11月18日まで(4ページ)

 日本近代美術の父といわれる岡倉天心(1863-1913)の記念展が、10月4日から11月18日まで、東京藝術大学美術館で開催される。藝大創立120周年記念行事の一環。横浜で生まれた天心は、アメリカ人宣教師の下で育てられ、日本語よりも、英語が得意になった。このため、天心は、自分の日本語に劣等感を持っていた。

 東京美術大学が開校後、すぐの明治20年(1887)から明治31年(1898)まで校長を務めたが、校長の職を追われることになり、アメリカにわたる。アメリカでは、ボストンで、師と仰ぐアーネスト・フェノロサと再会、ボストン美術館の日本・中国部門の部長を務めた。

 1904年に英文で発表された『東洋の理想』は、「アジアはひとつ」という有名な書き出しで始まるが、この文句は、後に、日本のアジア侵略を正当化するプロパガンダに使われることになる。

 「岡倉天心展」は、4部構成で、第1部が、保存資料を基にした伝記、第2部が天心の思想、第3部は、天心が自分の思想をどうやって学生に伝えたか、教育の実践例を展示している。天心の思想を受け継いだ画家の紹介として、狩野芳崖、橋本雅邦、横山大観の作品も展示されている。また、明治時代の美大の教室も再現されている。

 最後に第4部は、芸術は大衆がせっするものでなければならない、という天心の信念を紹介するコーナーで、複製品を使って、パブリック・アートを作り上げる過程、作品の収集と保存の方法を説明している。

 藝大美術館の入場料は、500円

(筆者=板津木綿子(いたつ・ゆうこ)南カリフォルニア大学大学院博士課程。津田塾大学非常勤講師)

相撲シリーズ 相撲の発祥と歴史(4ページ)


カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の日本庭園で花開いた「源氏物語」絵巻(5ページ)

 8月24日、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校内の日本庭園で、今から、ちょうど1000年前に書かれた世界で最初の小説といわれている「源氏物語」の紹介を目的とした平安時代の着物ショーが行われた。徳島から来た6人の着付講師が、州立ロングビーチ大の学生をモデルにして、平安時代の衣装を着せた。

 デザインを専攻しているアレックス・リコさんは、武士の衣装「直垂」(ひたたれ)を着た。ふだんは、腕が隠れている長い袖が、たすきを掛けると、刀を抜いて立ち回れるようになる、という説明を受けて、驚いていた。

 同大学生のジャービー・バックさんは、「白拍子」(しらびょうし)の衣装を付けた。白拍子は、男性の衣装を女性が着用したもので、扇や刀もつけていた。ジャービーさんは、伝統衣装に魅了されたが、下着の部分が体を締め付けるのには、困ったと、語っている。

 リナ・リムさんは、貴族女性の旅姿の衣装を付けた。高校時代に源氏物語を読んだことはあるが、当時のひとびとの暮らしまでは、知ることができなかった。時代衣装を身に着けて、平安時代が、身近になった。今回、徳島の着付講師から、平安時代のお化粧は、洗い落とすことをせず、古い化粧の上に、上塗りをしていた、と聞いて、とても驚いた、と語っていた。

 この平安時代の衣装ショーは、日本庭園の入場者に、「源氏物語」を紹介しようと、いう目的だったが、衣装を着た学生たちにとっても、得るものが多かった。

(州立ロングビーチ大学生のダニエル・ウィニール君がこの記事をまとめました)

パシフィック・アジア美術館で「源氏物語」をテーマにした講演会と着付ショー(6ページ)

 パサデナのパシフィック・アジア美術館では、8月26日、「よみがえる『源氏物語』の世界-日本の宮廷衣装」と題した講演会と実演ショーを行ったが、定員100席の講堂は、満員となり、立見席も出た。カルチュラル・ニュースと国際交流基金の後援事業。

 徳島の四国大学の世羅博昭教授が、平安時代の宮廷の生活様式と『源氏物語』を日本語で説明、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の廣田アキ教授が通訳した。

 平安時代の衣装の着付ショーでは、徳島の瀬尾静子着物学院から生長(おいさき)まち、中川千代、河原輝美、平岡タケ子、工藤光代、市川佳枝の6人の着物着付講師が、衣装を着せた。時代衣装が登場すると、会場から、たくさんの質問が寄せられた。

 時代衣装のモデルになったのは、ブライアン・ベネット、セシリア・チャン、ハイジー・リー、クリスタル・リュ、二瓶義啓、須佐由有子の6人。

12月に行われる外国人の日本語検定試験の願書の締め切り日は、10月5日(6ページ)

パサデナ市と静岡県三島市との姉妹提携が50周年(7ページ)

 パサデナ市と静岡県三島市との姉妹都市提携が、50周年を迎えるのにあたり、10月1日から3日にかけて、三島市から約30人の代表団が、パサデナ市を訪れる。パサデナ市から三島市への代表訪問は、9月に行われる。両市の間では、学生交換が行われており、三島市からが大学生が、パサデナ市からは高校生が、送られている。

寿司職人養成学校の校長アンディー松田のコラム(7ページ)

 7年前に、パサデナのカリフォルニア工科大学、UCLA,カリフォルニア大学サンディエゴ校、カリフォルニア大学リバーサイド校の調理人たちに、巻物寿司の作り方を教えました。そのご、UCリバーサイド校では学生が増え、新しいカフェテリアを作ることになりました。9月のわたしの予定は、このUCリバーサイド校で、10人の調理人たちに、丼物と弁当の作り方を教えることです。新学期からは、1日、寿司パック300個、弁当200個が、カフェテリアに並びます。

 カリフォルニア州ウニ諮問委員会の要請を受けて、ウニの新しいメニューを作り、ウニを食べることを奨励する仕事に参加しています。10月には、サンタバーバラーで約5000人の入場者がある恒例のシーフード・ショーがあります。ブースが約100でますが、わたしたちも、州ウニ諮問委員会の後援で、ブースを出し、中国人、韓国人、白人のレストラン経営者にウニの新しい食べ方を紹介します。

ロサンゼルス・カウンティー美術館日本パビリオンの展示(8ページ)

 ロサンゼルス・カウンティー美術館日本パビリオンでは、9月13日から、展示が変わります。版画コーナーでは、「ことば・詩・絵画」、日本画コーナーでは「書道とイメージ」が新しいテーマになります。この展示は、2008年2月19日まで

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第67回二世ウィーク祭りのパレードに、青森の「ねぶた」が登場、8月19日

 毎年8月、リトル東京で行われる二世ウィーク祭りのパレードに、今年は、青森で作った「ねぶた」1台が参加する。「ねぶた」は、七夕のときに行われる灯籠流しが原型と言われ、歴史上の人物などを描いた巨大な和紙のフロートで、内側から照明があてられよい闇に映える。8月上旬の青森の「ねぶた祭り」は、毎年350万人が訪れ、日本でも最大の祭りのひとつ。
 
 今回の「ねぶた」招致は、ロサンゼルスの日本企業が中心になって企画、3年前から準備が進められていた。1年前に、デザインが決められ、7月には、船便で、幅30フィート、長さ24フィート、高さ17フィートの「武田信玄」(写真)の「ねぶた」が、ロサンゼルス港に到着している。

 今年の二世ウィーク祭りパレードは、青森の「ねぶた」が終わってから、開催することにしたため、例年よりも、1週間遅くなった。また、「ねぶた」の照明を見てもらうため、パレードの開始時間も、例年の午後4時から、午後6時になり、最後列の「ねぶた」が動きだす時間を午後8時ごろに予定している。
 
 青森から、約150人の「ハネト」と呼ばれる踊り手たちが来ることになっていて、ロサンゼルスの地元で募集した「ハネト」と会わせて、数百人の踊り手が「ねぶた」を囲むプランになっている。

「源氏物語フェスティバル」:徳島から「源氏物語」講師と、平安時代の衣装がロサンゼルスへ、8月24日から28日

 昨年9月、カルチュラル・ニュース社は、徳島市の四国大学教授で、日本の古典文学を教える専門家、世羅博昭(せら・ひろあき)先生を呼んで、2日間の「源氏物語を原文で読む会」を催した。

 昨年の受講者の熱意に感銘を受けた、世羅先生は、今年は、徳島市内にある瀬尾静子着物学院の着付け講師6人を伴って、8月24日から28日までのカルチュラル・ニュース社主催「源氏物語フェスティバル」に参加する。

 徳島市立徳島城博物館から、借り受けた、平安時代の歴史衣装7点(複製品)を持ってきて、ロサンゼルスの人々に、平安時代の衣装を身に着けてもらう。

 8月24日(金)カリフォルニア州立大学ロングビーチ校日本庭園で、午前10時から正午まで、州立大学の学生がモデルになり、平安時代の衣装を付けて、写真撮影会を行う。

 8月25日(土)パサデナにある、協同システム日本語学園パサデナ学園の生徒がモデルになり、平安時代の衣装を付けて、学園の生徒に披露する。世羅先生の講義もある。午前10時から、正午まで。

 8月26日(日)パサデナにある、パシフィック・アジア美術館で、平安時代の衣装の披露と世羅先生の講演。午後1時から3時まで。

 8月27,28日(月、火)、コリアタウンの協同システム日本語学校本部で、世羅先生の指導による「源氏物語輪読会」。午前10時から午後5時まで。来年は、日本各地で、「源氏物語1000年記念行事」が行われることに合わせ、今回、来年、2009年と3年間で、「源氏物語」をすべて読んでみようという、プラン。「源氏物語」は3部構成というのが定説で、2007年度は、第一部の「桐壺」から「藤裏葉」までの33帖を解説する。2008年度は、「若菜上」から「幻」までの8帖。
2009年は、「匂宮」から「夢浮橋」までの13帖を読む予定。

ヒロシマの原爆被爆者が実際に、ニューヨークでケロイド整形手術を受けた体験を基にした演劇「アフロディアを呼んで」が、ロングビーチで上演される。8月31日から9月23日まで

 1945年の広島への原爆投下から10年後の1955年、25人の女性被爆者が、ケロイド整形手術を受けるために、アメリカ人篤志家たちによってニューヨークに招待された。この当時の実話を基にしたベリナ・ハス・ヒューストンの戯曲「アフロディアを呼んで」が、8月31日から9月23日まで、ロングビーチのインターナショナル・シティー・シアターで上演される。演出は、同シアターのディレクターを務めるシャシン・デザイ氏。

 「アフロディアを呼んで」は、2人の姉妹が、手術のため、ニューヨークに呼ばれるという設定で、日本との戦争で、息子を失った米国人医師が、ケロイド整形手術を担当する、という話。脚本家のヒューストンさんは、母親が、松山出身ので、これまで、数回、広島を訪れている。原爆をとおしての日本人とアメリカ人の交流を描くことが目的だった、と語っている。

 8月28、29、30日は、プレビューで、チケットは、通常料金より、安くなる。

カリフォルニア州立大学チコ校美術学部の徳雅美先生による「少女マンガ展」、8月18日から26日まで、日米文化会館ギャラリーで

 カリフォルニア大学チコ校の美術学部の徳(とく)雅美先生による企画「少女マンガ展」は、2005年から全米を巡回しているが、8月18日から26日の、二世ウィーク祭りの期間中、リトル東京にある日米文化会館ノース・ギャラリーで公開される。国際交流基金の助成事業。

 少女マンガの創成期は、手塚治虫や石の森章太郎など、男性作家が描き、やがて、女性作家による少女マンガへと発展してきた。少女マンガの作家22人の作品200点以上を展示し、少女マンガの始まり、これまでの発展、今後、活躍が期待される作家を紹介していく。

テレビ番組「仏教徒の生き方」シリーズ、毎週、日曜日午後6時30分からチャンネル44

 仏教伝道協会が、放送している「仏教徒の生き方」シリーズは、8月は、ロサンゼルス東本願寺の伊東憲明輪番と仏教学者のフランツ・メットカルフ先生を紹介する。仏教と子育てがテーマ。

日米作家交流展が、東京都美術館とロサンゼルスのギャラリーを巡回する、8月9月

 ロサンゼルスで、新人作家を紹介する仕事をしている非営利ギャラリー「アートコア」と東京在住のコンテンポラリー・アート(現代画)の中込靖成(なかごみ・やすなり)さんの共同企画「国際交流展-クロスカレント(相反する傾向)」が、8月22日から30日まで、東京都美術館で行われ、同じ展示が、9月19日から30日まで、ロサンゼルスのアートコアで行われる。

 日本の現代画の作家を、アメリカに紹介し、アメリカを拠点に活躍する作家を日本に紹介することが目的。東京都美術館での展示は、第37回現代アーチスト・センター展の一部として行われ、ロサンゼルスでの展示は、これまで、3回続いている「国際交流展-クロスカレント」の第4回目となる。過去3回の日本での「クロスカレント」展は、パサデナの美術大学アートセンターの教授池崎義男氏が中心になって、北九州市立美術館で行われてきた。

 今回、日本から参加する作家:団野雅子(だんの・まさこ)、イグチ・トシオ、かとう・かずみ、窪譲二(くぼ・じょうじ)、村本崇洋(むらもと・たかひろ)、中込靖成(なかごみ・やすなり)、大橋博(おおはし・ひろし)、大竹秀明(おおたけ・ひであき)、田中慎平(間泰宏=はざま・やすひひろ、と林知紀=はやし・とものり、の2人による合作名)。

 アメリカから参加する作家:ランディー・ジョン・ディル、アン・グーディング、ジョージ・カルマー(スロバキア出身)、エジャ・カン(韓国出身)、ジョイス・コール、ジャック・リリース、カロル・マクッーチ、ラモン・ムノス、カモール・タサナンチャリー(タイ出身)、ロバート・ウォーカー、ピーター・ザレスキー。

長崎原爆の記録映画「ラスト・アトミック・ボンブ」(最後の原子爆弾)、8月9日上映

サンディエゴにある写真美術館で、8月9日、午後7時からロバート・リッター制作の記録映画「ラスト・アトミック・ボンブ」が上映される。写真美術館では、ヤマハタ・ヨースケ氏が撮影した長崎の被爆記録「長崎の旅」写真約100点を所蔵している。

ロサンゼルス日米文化会館(JACCC)夏のイベント(広告)

第67回二世ウィーク祭りの合わせて、日米文化会館が主催するイベント:8月25日、午後2時から6時、ネクスト・ジェネレーション・リミックス・コンサート(地元若手タレントによるダンスや歌のショー)無料;8月26日、午前11時から午後4時まで、第14回太鼓ギャザリング(ロサンゼルスで活躍する太鼓グループが参加)無料;8月18日から26日まで、少女マンガ展、ノース・ギャラリーで、無料。


日本旅行情報 備前焼まつり 10月20、21日

 ロサンゼルス出身で、備前に住み着いた陶芸家ジョン・トーマス・ウエルズさんからのお知らせ1983年から、毎年10月の第3日曜日とその前日は、備前焼伝統産業会館と、JR赤穂線・伊部駅周辺で「備前焼まつり」が行われている。

 今では2日間、で約16万人もの焼物愛好家でにぎわう、日本国内でも有名なまつり。この日は、備前焼陶友会会員の作品が2割引で展示即売されるほか、「備前焼小町の表彰・撮影会」、「ろくろ実演」、「ろくろチャレンジコーナー」、「茶席」、「備前の器と野の花」展など多彩な催しが行わる。

 また、前夜祭として、炎のまつり「かべりだいまつ」が行われ、伊部の街並みを大たいまつを持った地区の人々が練り歩く。問合せは、岡山備前焼陶友会、電話 0869-64-1001。

南カリフォルニアいけばな教授会の「いけばな展」、8月18、19日

 二世ウィーク祭りの一環で、「南カリフォルニアいけばな教授会」の生「いけばな展」が、8月18、19日、日米文化会館ギャラリーで行われる。「いけばな教授会」は、池坊、草月、小原の各流派の教授20人が加盟している。

鶴賀流家元、十一世、鶴賀若狭掾(つるが・わかさのじょう)と、八王子車人形、五世、西川古柳(にしかわ・こりゅう)による新内語りによる人形劇「古い日本の美しい話」、10月14日にカリフォルニア州中部のハンフォード・フォックス劇場で

新内、鶴賀若狭掾(つるが・わかさのじょう)

 江戸時代、宮古路豊後掾(みやこじぶんごのじょう)という人がおりました。彼は始め、京都で一中節(いっちゅうぶし)を語っておりました。静かな一中節では自分の感情を表現しきれなくなり、もっと感情を吐き出すことの出来るような、抑揚の激しいフシで語りたいと、悩みに悩み自分独自の芸風を作り、彼の芸風豊後節が出来ました。

 豊後節は江戸で大いに受け、よそものの豊後節が江戸の人気をさらったのですから風当たりも強く、その風吹き荒れてとうとう「豊後節禁止」のおふれが出て詮方なく豊後掾は京都へ帰る。しかし多くの弟子たちは江戸に執着を持ち、何とか江戸で芸渡世を続けたいと努力する。

 結局、看板を変え独立して新しい流派を名乗りました。「常盤津」「富本」その富本から別れて「清元」が出来た。その他に「富士松」というのもできました。新内の元祖です。

 富士松の一門で敦賀太夫というのが間もなく独立して鶴賀若狭掾(つるがわかさのじょう)を名乗る。すなわち鶴賀派の元祖です。するとその一門に新内という人がいて、これが無類の美音です。伝説によれば「鼻に抜ける声」にたまらない味があって誰も彼もこの新内の芸風をまねたというのです。新内は初期には歌舞伎に用いられていたが、後に歌舞伎から離れ、主として吉原を根城に行われ、いわゆる「流し」という街頭芸になっていった。始めは各流派が流していたが、鶴賀新内が流しに参加し始めたころから「富士松」とも「鶴賀」とも言わないで新内流しが出来た。新内は貧しい階級の中で守り育てられてきたことも他にない特徴ではないか。

(新内節、富士松延治太夫のホームページから)

八王子車人形、西川古柳(にしかわ・こりゅう)

 車人形は、文楽に似た人形をもちい、1960年ころの江戸末期に生まれた。その特徴は、「一人で一体の人形を操ること」「人形遣いは底に車のついた小箱に腰掛けながら演技すること」である。

 現在の大分県北原地方から江戸に伝播した碁盤人形の技術も参考にしていたと言われる。車人形に用いる箱車は前に2つ、後側に1つの車を持っており、これによって真横への移動の他、後側の車を軸とした円運動を行うことが出来る。

 また文楽とは違って人形の足は足裏の棒を介して人形遣いのつま先と繋がっており、人形遣いは自らの両足によって人形の足を操作する。

 文楽に比して舞台上は三分の一の人間で上演できる車人形は公演経費も割安で、一時は東京市中でも人気を集めたが、映画の登場とともに衰退。多摩地方の郷土芸能としてひっそりと受け継がれるのみとなる。現在、この芸能を保持しているのは西川古柳座を始めとするわずか三座に過ぎない。

 西川古柳座の、現在の家元は五代目で、本名は瀬沼享という(平成8年に五代目家元を襲名)。本拠地は八王子市恩方である。先代は瀬沼時雄といい、実家は祖父の代から織物業を営んでいたが、1968年にこれを廃業し、専業の車人形師となった。四代目は鄙びた郷土芸能であった車人形を国際的に認められるレベルに引き上げた人物であり、人形遣いの技術を文楽の吉田文周に師事して改良した他、語りを説教浄瑠璃から義太夫に変更し、また箱車の車にも軸受けにボールベアリングを導入するなど、数々の工夫を行っている。1984年、東京都無形文化財指定。

(インタネット百科事典「ウキペディア」から)

 カリフォルニア州中部のハンフォードにある「クラーク日本美術・文化研究センター」では、国際交流基金、東芝国際基金の援助を得て、10月14日(日)午後3時から、ハンフォード・フォックス劇場で、八王子車人形の西川古柳座と人間国宝の鶴賀流家元、十一世、鶴賀若狭掾の語りによる人形劇「やじきた」と「雪」を上演する。英語の字幕が付く。

 9月29日から10月21日にかけて、新内の鶴賀若狭掾と西川古柳座は、マサチューセッツ州アムハースト、ハンフォード、ミズーリー州セントルイスを回る。

新内と車人形、10月13日は、バイセリアで講習会

 八王子車人形の西川古柳座と人間国宝の鶴賀流家元、十一世、鶴賀若狭掾が、10月14日、ハンフォードで公演するのに、合わせて、新内と車人形の講習会が、10月13日、ハンフォードに隣接するバイセリアのマリオット・ホテルで午後1時から5時まで、行われる。参加費は、ひとり150ドル。

軍事アナリスト神浦元彰の日本レポート「日本の矛盾した核政策」(原文)

 日本は唯一の被爆国として、1994年から毎年、国連総会に核兵器廃絶決議案を提出しながら、もし日本が外国から核攻撃を受けたときには、アメリカが核兵器で報復することを期待している、という2の矛盾した国策を同時に持つ国である。

久間(きゅうま)防衛大臣は、6月30日、千葉県の麗澤(れいたく)大学で講演したとき「原爆投下はしかたなかった」と発言したため、世論から大きな批判を浴び、7月3日、防衛大臣を辞任した。

久間防衛大臣は、被爆地長崎から選出された国会議員であったため、被爆者の感情を無視する発言という批判もあったが、それ以上に、強い非難は、国連で核廃絶に取り組む日本の防衛相が、核兵器を是認する発言をしたことに対することに向けられていた。

しかし、久間大臣への非難は、日本で核廃絶支持者が、急に多くなってきた、ということでもない。日本は、アメリカの核の傘に入ることを断り、自ら核武装をすべきだ、という主張が出始めているのだ。

国際史が専門の東京大学、藤原帰一(ふじわら・きいち)教授は、7月5日付けの朝日新聞朝刊で、「日本は全地球上の核廃絶という理想主義的な主張ではなく、東アジア地域の非核化という具体的な政策に取り組め」と主張している。

しかし、この藤原教授の主張も、日本が、アメリカに核の傘の提供を断ることを意味し、すべての国民が支持しているわけではない。多くの日本人は、アメリカの核兵器が、日本を、守っていると、信じている。

 核廃絶の提案と核の傘への依存、この相反する二つの政策が同時に存在する矛盾を解決しなければ、日本は国際社会から信頼を失うことになるのも事実である。




日本語能力試験の受付は10月5日まで、試験は、12月2日に実施

 外国人の日本語の習熟度を調べる「日本語能力試験」が、12月2日に世界中で、一斉に行われる。日本以外での試験会場は、国際交流基金が担当している。今年のロサンゼルスの試験会場は、南カリフォルニア大学。

 日本語能力試験は、もっともやさしい、レベル4から、もっとも難しいレベル1までの4段階に分かれている。願書の提出期限は、10月5日まで。

寿司職人学校のアンディー松田のコラム

 ミツカン酢がスポンサーになり、「すし飯の作り方」DVDが発売されることになりました。解説は、英語、スペイン語、ロシア語、中国語、韓国語の5カ国語が付きます。このビデオは、インターネットで見ることができます。www.youtube.com を開けて、Andy Matsuda で検索すると、「すし飯の作り方」のビデオが出てきます。

 これまで、多くの外国人は、だれかのやり方を見ただけで、「すし飯」を作っていたようです。ですから、見た目は「すし飯」でも、味がまったくちがう「すし飯」がたくさん出回っていました。このDVDを使って、より多くのひとに、本物の「すし飯」を広めたいと願っています。

ロサンゼルス・カウンティー美術館の日本画展示

版画展:日本人の時間のコンセプト (9月11日まで)
ブシェル根付コレクション:動物 (9月11日まで)


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# by culturalnews | 2007-08-18 17:09 | 月別の日本語要約
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ロサンゼルスで童謡を紹介するコンサートを開催(1ページから2ページへ)

 1867年の明治維新で、西洋との交流を始めた日本は、西洋から音楽教師を招聘して、日本語の歌詞に西洋の曲を付けた歌を作りは始めた。やがて日本人の作曲家が子供向けの歌を作るようになり、この歌は「唱歌」とよばれ、小学校で教えられた。1918年になると、当時の進歩的な考えを持った文化人たちが寄稿した文芸誌「赤い鳥」は、新作の歌詞を発表し、それに曲が付けられ「童謡」と呼ばれるようになった。

 第二次世界大戦までに、数百曲の童謡・唱歌が作られ、全国の小学校で教えられたため、これらの曲は、日本人の心に刷り込まれた音楽になった。しかし、日本文化の重要な一部となっている童謡・唱歌は、これまで、ほとんど、外国に紹介されることがなかった。

 童謡・唱歌を外国に紹介するきっかけを作ったのは、ウィスコンシン州出身で、現在、東京在住のグレッグ・アーウインで、1990年から童謡・唱歌の翻訳を初め、すでに100曲以上を英訳している。アーウィンは、英訳版の童謡CDもすでに数枚を発表していて、この夏には、アメリカで童謡に関する英語の本を出版する。

 この夏、ロサンゼルスで、童謡を紹介するコンサートが行われる。熊本の日本国際童謡館から、専属歌手やべ・せいことそが・みまこの二人組み「DOYO組」が派遣され、8月11日午後2時と午後6時の2回、ロサンゼルス・ダウンタウンの音楽学校コルバーン・スクールのジッパー講堂で、童謡を歌う。日本国際童謡館は、2004年にベテラン歌手の大庭照子によって、童謡を世界に広めるために、設立された。

 このコンサートを企画したのは、ロサンゼルスの童謡愛好家で作る「童謡ロサンゼルス」で、このコンサートは、知的障害をもつ子供たちの音楽教育を支援するチャリティーも兼ねている。

 また、ロサンゼルスで、童謡を歌うアメリカ人の子供コーラス「レッド・ラッカー・ブリッジ・チルドレン・クワイヤー」も、英語と日本語で童謡を歌う。童謡の楽譜が入ったコンサート・プログラムは、2500部が発行され、コンサートで配布されたあと、アメリカの小学校に無料で配布される予定。チケットは、大人10ドル、子供5ドル。

二世ウィーク祭の継承を呼びかける日本舞踊の花柳禄美音師匠
(1ページから6ページへ)

 今年で、67回目を迎えるリトル東京の二世ウィーク祭は、8月18日から26日にかけて行われる。祭のメインイベント「パレード」の先頭を務める「音頭振り付け師」は、これまで、9人のロサンゼルス在住の日本舞踊師匠が毎年交代で担当してきた。

 今年の振り付け師、モントレーパーク在住の花柳禄美音師匠は、二世ウィークで振り付け師を担当するのが、今回で5回目。1952年の初参加以来、もっとも、参加年数の長い日本舞踊師匠だ。カリフォルニア州で生まれた花柳師匠は、子供時代を鹿児島で過ごした。鹿児島時代に、日本舞踊に関心をもち、1949年にロサンゼルスに戻ってから花柳流の稽古を始めた。1965年に名取を許され、同時にロサンゼルスで日本舞踊を教え始めた。当時の花柳流では、名取の資格があると、教えることが許された。

 1972年になると花柳師匠の弟子は30人以上に増え、二世ウィークのパレードに参加できるようになった。2003年の二世ウィーク・パレードで、一度は、引退した花柳師匠が、今年の振り付け師を引き受けることになったのは、これまで、毎年交代で振り付け師を務めてきた9人の師匠のうち、3人が引退、3人が死亡したからだ。

 花柳師匠は、振り付け師としての参加は、今回が最後だと説明し、若手の舞踊家に、二世ウィークへの参加を期待している。「音頭にないパレードは、祭にならない。二世ウィーク祭を大きくしていきましょう」と呼びかけている。

ロサンゼルスの二世ウィーク・パレードに青森のねぶたが参加、8月19日(1ページから7ページ)

 今年の二世ウィーク祭は、青森からねぶたが参加するため、開催が例年より、1週間遅れ、8月18日から25日となり、パレードは、8月19日(日)に行われる。またパレードの開始時刻も、ねぶたの明かりを見せるために、午後6時からのスタートになった。

 ねぶたは、日本でも有名な祭りのひとつで、300年の伝統を持っている、巨大な灯篭で、きらびやかな絵が描かれている。ロサンゼルスでのねぶたには、ハネトと呼ばれる踊り子も、青森から参加する。

 ねぶたの期限は、9世紀ごろ、青森を統治したタムラマロが、敵を脅かすために作り上げた巨大な化け物が起源という説と、中国が起源の七夕祭りの灯篭流しで、灯篭が徐々に巨大化した、という説がある。

日本文化を商品販売に活用しているサクラクレパス(2ページから6ページに)

 6月9、10日の2日間にわたって行われたハワイ大相撲の最終イベントは、2日間のトーナメントの優勝者、新横綱白鵬に贈られた「サクラ・カップ」だった。ハワイ大相撲のスポンサー企業のひとつサクラクレパスは、総合優勝者のために「サクラ・カップ」を寄贈、授賞式には、大阪の本社から西村貞一社長が駆けつけ、白鵬に手渡した。(写真)

 サクラクレパスは、カリフォルニア州ヘイワードにある子会社「サクラ・カラー・プロダクツ・オブ・アメリカ」を通じて、アメリカとカナダで、サクラ製品の販売を行っている。サクラ・アメリカの社長マーク・チサキ氏によれば、アメリカで販売されているサクラ製品は、すべて日本で製造されているため、同社の製品と日本文化が結び付いていることを強調することは、同社の販売方針のひとつになっている。

 サクラ・アメリカ社は、1997年には握りが通常より大きい「相撲グリップ」シャープペンを発売している。また水彩絵の具のブランドには「鯉ウォーター・カラー」を使っている。副社長で、商品開発とマーケティングの責任者ピーター・オーヤング氏は、鯉という名前から連想するさまざまな色彩と、水との連想、そして、水彩絵の具の商品名は、ぴったりの組み合わせだと、説明している。また、鯉は、長生きをする生き物なので、サクラ・クレパス社の歴史も、合わせて象徴している、という。

 サクラクレパス製品には、子供用の絵画用具ばかりでなく、大人や専門家用の高級製品も含まれており、生涯を通じてサクラクレパス製品を使ってもらいたい、というのが、同社のねらいだ。この販売方針にも、短期の利益ではなく、長期的な考え方で事業を進める日本の哲学が反映されている、という。



仏教伝道TVシリーズ(2ページ)

テレビ局KXLA(チャンネル44)で毎週日曜日午後6時30分から放送されている仏教伝道シリーズ「仏教徒の生き方」の7月の番組は、オレンジ・カウンティー仏教会のジョン・ターナー氏とビル・ダース氏が、解説を担当する。

高齢者福祉サービス「敬老」のためのチャリティー・コンサートに菅原洋一が出演、9月22日(2ページ)

 第5回目を迎える、日本人高齢者のための福祉サービス団体「敬老シニア・ヘルスケアー」の資金集めのためのチャリティー・コンサートは、9月22日午後2時から、トーレンスのエルカミノ大学マーシー講堂で開催されることが、主催団体から発表された。今回は、菅原洋一が出演する。そのほかのゲストは、沖縄民謡の桑名知子、地元ロサンゼルスからは琉球民謡の石原春雄さん、琉球舞踊のジョセフ・ジョーンズさんが出演する。指定席80ドル、一般席45ドル、12歳以下の子供は10ドル。

2007年二世ウィーク祭は、8月18日から25日まで(3ページ)

 第67回二世ウィーク祭は、「日系アメリカ人の文化とコミュニティーを祝う」をテーマに8月18日から25日までリトル東京で行われる。今年のハイライトは、青森から参加するねぶた(関連記事を1ページに掲載)。8月19日のパレードに、ねぶたが参加する。そのほかの主な行事は、7月21日のぺビー・ページェント、8月4日から19日までの日系ゲーム、8月18、19日は、武道、文化展示、車展示、アニメ・コスプレ・コンテスト、8月18日が二世ウィーク女王コンテスト、8月25、26日が相撲、車展示、太鼓演奏、文化展示、アニメ・フェスティバル、8月26日の夕方、ストリート音頭で、閉幕する。

ヒロシマ被爆者のアメリカ治療の実話に基づいた演劇が、ロングビーチのインターナショナル・シティー・シアターで上演される、8月31日から9月23日まで(3ページ)

 アメリカで暮らす日本人女性をテーマにした脚本を書き続けているベリナ・ハス・ヒューストンによる新作「女神アフロディテを求めて」が、ロングビーチのインターナショナル・シティー・シアターで8月28日から30日までは、プレビュー、8月31日から9月23日まで(木、金、土、日)が一般上演のスケジュールで行われる。

 第二次世界大戦終了から10年後のニューヨーク、広島で原爆に遭い、ケロイドを被った日本人女性が整形手術のために送られてきた。日本軍との戦いで息子を失った手術担当の米人医師と被爆女性の葛藤を描いている。「アフロディテ」とは、ギリシャ神話に登場する母性を象徴する女神で、平和を現している。制作・演出は、インターンナショナル・シティー・シアターのディレクター、シャシン・デザイ氏。

博物館展示、「アメリカで庭を作る:日本庭園を越えて」、10月21日まで
(3ページから7ページへ)


 ロサンゼルスの全米日系人博物館では、展示「アメリカで庭を作る:日本庭園を越えて」を、6月17日から10月21日まで開催している。アメリカでの日本庭園の歴史と影響力、日系アメリカ人の庭師と造園業者をテーマとした展示。

 アメリカで初めて日本庭園が作られたのが、1876年のフィラデルフィアでの博覧会。以後、アメリカ人の日本庭園にたいする関心が広がって行く。西海岸の日系アメリカ人は、日本庭園造りの仕事を担うと同時に、現地の植物を使った庭造りを進めて行く。

 展示は、日米文化会館の学芸員、小阪博一さんと同博物館のクレメント・ハナミさんによる共同デザインで、庭を散策するにつれて景色が見えたり隠れたりする「見え隠れ」手法が、ギャラリー内に使われている。

 展示内容は、造園業にまつわるエピソードやアメリカの有名な日本庭園の紹介。1920年代半ば、シアトルで400トン以上の石を集めた日本庭園を造った日本人がいた。クボタ・フジタロウで、彼の残した日本庭園は、今日では、公園の一部になっている。

 ロサンゼルス・カウンティが運営しているディスカンソー・ガーデンは、アメリカ人富豪が、第二次世界大戦中、立ち退き命令を受けた日本人苗木業者から苗木や植木を引き取ったことが始まりだった。アメリカで生まれ、広島で育ち、再びアメリカに戻ってきた二世のジョン仲は、カリフォルニア盆栽協会の創立メンバーのひとり。ワシントンDCの国立植物園の中には、ジョン仲の名前を付けた盆栽パビリオンがある。

源氏物語フェスティバル、8月24-28日(3ページ)

 徳島市にある四国大学から世羅博昭教授を向かえて、8月24日から28日まで、世界最古の小説『源氏物語』をテーマにした時代衣装の展示と講演会、そして『源氏物語』輪読会がロサンゼルスで行われる。
 
 『源氏物語』輪読会は、8月27、28日の2日間、ロサンゼルスの協同システム日本語学校本部校舎で午前10時から午後5時まで。世羅教授は、古典文学の先生を養成する仕事に20年以上携わっており、『源氏物語』指導書も出版している。

 徳島市内の瀬尾静子きもの学院から6人の講師が参加、平安時代の衣装の着付けと解説が行われる。会場は、8月26日(日)午後1時からパサデナのパシフィック・アジア美術館。8月25日(土)午前10時からパサデナの協同システム日本語学校パサデナ学園。また、8月24日(金)午前10時からは、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校日本庭園で、時代衣装の写真撮影会が行われる。

展示「見えない世界を探索する」クラーク・センター、7月31日まで(4ページ)

 カリフォルニア州セントラル・バレー、ハンフォードにあるクラーク・センター日本美術館では、7月31日まで、「見えない世界を探索する:日本美術によるインスピレーションの世界」を展示している。観音や涅槃図などの掛け軸、屏風など、33点が展示されている。

 7月21日(土)には、ロサンゼルスからバスを借り切って、日帰りのバスツアーが行われる。参加費は、49ドル。カルチュラル・ニュース主催。






旅行情報:滋賀県のミホ・ミュージアム(4ページ)

滋賀県のミホ・ミュージアムでは、7月14日から8月19日まで、「アルカイック・スマイル」展を行っている。古代ギリシャの彫刻に見られるアルカイック・スマイルは、東洋の美術にも影響を与えている。東洋、西洋のアルカイック・スマイルを展示する。写真は、円空の木像ハリチ(17世紀の作品)

ロサンゼルス・カウンティー美術館の展示(5ページ)

版画展:時間の概念、9月11日まで  日本は歴史的に農耕を基本とした社会で、明治までは太陰暦が使われて来た。しかし、1873年からのグレゴリオ暦の導入で、それまで、時刻を表していた干支や太陰暦の習慣が消えてしまった。

日本画:時間と場所、9月11日まで  季節とそのときの人間の感情を表現した絵画。

カリフォルニア州立大学生が、お茶のお手前を体験 (5ページ)

 カリフォルニア州立大学ノースリッジ校の伝統日本文化クラスでは、5月1日、ウエストヒルズにある裏千家、飯沼宗信さんの自宅を訪れ、野外での「リュウレイ」作法によるお手前と、室内でのお手前を体験した。リュウレイ作法は、明治時代に、畳に座る習慣がない西洋人にお茶をもてなすために生まれた作法。お茶を体験した学生のひとりは、これまで、経験したことがない静寂を感じたと感想を述べていた。

寿司職人養成学校のチーフ・シェフ、アンディー松田のコラム(7ページ)

 寿司職人学校は、相変わらずの人気だ。7月はデンバーとオハイオ州から、個人授業を受けるシェフがいる。この2人のシェフが働いている店は、いずれも日本食レストランではないが、最近は、どんなにはやっている店でも、寿司をメニューに入れなければならない傾向が出てきている。

 ラジオ番組に出演して寿司の歴史について話をした。オクラホマ州からの電話での質問で、淡水魚は刺身にして食べることができるのか、という質問が来た。これまでも、何度も説明したが、淡水魚は、海の魚と違って、体内にバクテリアや回虫を持っているため、生で食べることはできない。

 7月末は、サンタバーバラのウニ諮問委員会に参加して、新しいウニ料理を披露する。ウニ諮問委員会はウニの販売拡大を目的としており、新メニューをアメリカ人に紹介して、アメリカでのウニの消費を増やそうとしている。ウニ諮問委員会が認めてくれれば、このメニューは、一般に公開することができるので、期待してほしい。

ロサンゼルス生まれのアメリカ人歌舞伎役者が、里帰り(8ページ)

 ロサンゼルスで生まれ、育った金坂健は、3歳のときから日本舞踊を始め、17歳で、坂東拡七郎の名取となった。昨年12月、師範免状を得たため、5月5日の端午の節句に、ビバリーヒルズの自宅で舞台披露を行った。

 伝統芸能に詳しいひとびとの間では、金坂は中村雁京の芸名で知られている。金坂は、UCLAに在学中、東京大学に留学した。このとき、大阪の松竹上方歌舞伎塾の入門試験に合格、2年間の研修生となった。塾を卒業後は、歌舞伎役者、坂田藤十郎に気に入られて、坂田が率いる近松座の座員となった。金坂は、現在でも近松座の一員ではあるが、海外公演のときに一座に参加することになったため、活動の中心をロサンゼルスに移した。

 金坂は、日本では、伝統芸能への関心が急速に衰えていることを心配している。日本の伝統芸能に関心を持つ外国人が日本に来て、伝統芸を受け継ぎ、日本人に教える時代が来ている、と感じている。さらに、時代が進めば、日本人が、日本の伝統芸能を学ぶために、海外へ出かける時代が繰るかもしれない、という大胆な予測も立ている。

近鉄がトーレンスに都ハイブリッド・ホテルを建設(8ページ)

鉄道大手、近鉄の子会社、近鉄エンタープライズ・カンパニー・オブ・アメリカは、8月からトーレンスで、「都ハイブリッド・ホテル」の建設を始める。総事業費2000万ドルで、約3エーカーの敷地に7階建て、215室のホテルを建てる。竣工予定は、2009年初旬。ホテルの背後には日本庭園を造る。内装は、落ち着いたトーンでのアジア的なデザインとなる。近鉄は、リトル東京に都ホテルを経営している。

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# by culturalnews | 2007-07-18 17:00 | 月別の日本語要約