英字新聞カルチュラル・ニュースの日本語要約


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●故郷・福岡県の祭りをよみがえさせる太鼓の音(1、4ページ)

福岡県北九州市小倉区出身の宍戸英司さん(54歳)は、4年までは、大手物流・運送会社の幹部社員だった。アメリカやドイツでの勤務が長く、日本国内でも、重要な支店の責任者を務めていた。50歳になる直前はフランクフルトに居たが、子供たちがアメリカの大学に行くことを決めたり、夫人が日本への帰国よりは、アメリカでの生活を希望したため、30年近く勤めたこの大手企業を辞めて、ロサンゼルスに移住した。

ロサンゼルスでも物流・運送会社に就職し、定着した。宍戸さんの生活は、それまでの会社中心から自分の時間を大切にするスタイルに変わってきた。その宍戸さんが精力を注ぎ込んでいるのが、子供のときに身に付けた小倉祇園太鼓を、ロサンゼルスで広めることだ。南カリフォルニア福岡県人会の中に太鼓クラブ「鼓玄會」(こげんかい)を作り、土曜日の午後、一週間おきに、メンバーが経営する自動車修理工場内のスペースを使って練習をしている。

アメリカでは、和太鼓を使った演奏グループが、過去20年間に急速にひろがり、ロサンゼルスにも数十のグループがある。このアメリカ生まれの太鼓グループの大半が、ステージやイベントでの演奏を目的としていることに対して、宍戸さんは、鼓玄會の目的を会員の親睦に置いている。宍戸さんにとって太鼓とは、あくまで、祭の中で叩くものであって、ステージ・ショーが目的ではない。

しかし、宍戸さんの太鼓指導には手抜きはない。高校から大学を卒業するまで、毎年夏、故郷で、小倉祇園太鼓のリーダーを務めてきた宍戸さんは、プロの演奏家も顔負けするほどの指導技量をもている。17人のメンバーを指導するときの宍戸さんは、もっぱら、呼び笛を口にくわえ、ジャンガラという小さなシンバルを打ち鳴らして、音頭取りの役が多い(1ページの写真)。

創立から2年になるが、鼓玄會に参加しない、ほかの福岡県人会のメンバーからも認知されるようになり、福岡県人会が太鼓を購入してくれるようになった。ロサンゼルスの県人会は、どこでも、老人ばかりで、若い世代の参加が見られなくなっているが、福岡県人会は、この太鼓クラブを作ったことによって若いメンバーが集まるようになった。

2008年9月には、南カリフォルニア福岡県人会の100周年行事がロサンゼルスで行われることになっている。世界各地の福岡県関係者、約600人が集まるこの記念行事で、小倉祇園太鼓を披露することをめざして鼓玄會は、練習に励んでいる。

(英文記事の担当は、ギャビン・ケリーと東繁春)

●著作『銃を持つ民主主義-アメリカという国のなりたち』を英訳出版した国際報道のベテラン・ジャーナリスト松尾文夫さんが、英訳書プロモーションのため来米、日米間に残る第二次世界大戦の大きな傷跡「パールハーバー」と「ヒロシマ・ナガサキ」について和解の必要性を訴えた(2、4ページ)

この文章はワシントンにある日本大使館広報文化センターが発行するEメール広報「ジャパン・ナウ」12月7日発表に掲載されました。日本大使館の許可を得て、転載しました。

共同通信社ワシントン支局長を務めるなど、長年にわたってアメリカ報道に携わってきた松尾文夫氏を迎えて、日本大使館広報文化センターは11月7日、「著者にきくシリーズ」をもった。松尾氏は、著作『銃を持つ民主主義-アメリカという国のなりたち』の英語版『デモクラシー・ウイッズ・ア・ガン』を10月に出版したばかりだ。

松尾氏に焦点を当てる講演会は、CBSニュースのベテラン・ホワイト・ハウス記者ビル・プランタ氏が司会した。松尾氏は1980年代の初めにワシントンで特派員を務め、レーガン政権を取材した。プランタ氏は、その時からの松尾氏の友人である。

プランタ氏は、松尾氏が、当時、レーガン大統領が何を考えているかを、的確に言い当てることができた優れたジャーナリストであったと紹介した。松尾氏は、第二次大戦中の日本での生活を語り、子供のとき、目の前に落ちてきた爆弾が不発だったために、自分がこうして生きていることができ、その時「敵」だったアメリカを徹底的に研究してみようと気持ちにさせたと語った。

松尾氏が、著作の中で述べ、また、今回の講演でも繰り返し語っていることは、日米の相互理解の欠如という問題である。日米は、第二次大戦後、60年間にわたり、ひじょうに密接な関係を持っているにもかかわらず、日本人は、アメリカ人の必要であれば武力行使は正当なこととするアメリカ人の建国精神を理解しておらず、また、第二次世界大戦での日本の戦争責任が問われたびに、いまだに、世界を納得させる説明をするこができないでいる。

12月7日のパールハーバー記念日に、これまで、日本から現役の総理大臣が参列して和解のことばを述べことはなく、まだ、8月6日に広島原爆記念日に、アメリカの現役大統領が来て犠牲者を追悼することも、まだ行われていない、と松尾氏は語った。

松尾氏は、第二次大戦中、ドイツ・ドレスレンでアメリカ空軍が行った無差別爆撃に対して、近年ドイツとアメリカの和解が行われたことを良い例として紹介し、2005年8月16日付けのウォール・ストリート・ジャーナルに寄稿して、ブッシュ大統領が広島原爆記念日に参列することを訴えている。

松尾氏は、「占領軍」を「進駐軍」と呼んだように、日本人が好んで使う婉曲表現は、日本人自身が本質を見失う結果をもたらしていることも説明した。

『銃を持つ民主主義』は、2004年に「日本エッセイ・クラブ大賞」を受けている。英訳版はストーン・ブリッジ出版から発行されている。

●邦楽コンサート、1月16日(3、4ページ)

国際交流基金が送り出す若手邦楽グループのコンサートが、1月16日(水)午後7時30分からロサンゼルス・リトル東京のアラタニ日米劇場で行われる。このコンサートは「邦楽-日本からの新しい音楽」と題し、「和力」と「後藤幸浩&小濱明人」の2グループが出演する。チケットは20ドル。

「和力」は、両親が秋田県のわらび座メンバーで、わらび座で生まれ育ち、わらび座で伝統舞踊の訓練を受けた加藤木朗(かとうぎ・あきら)と、埼玉県出身で、作曲もする、津軽三味線の名手、木村俊介によって2001年に結成され、2005年には、秋田県出身で、わらび座に参加した後、青森県弘前の山田千里師匠のもとで、津軽三味線を習得した小野越郎が参加している。そして、今回のアメリカ公演のために、琴奏者、池上眞吾が参加している。池上は、東京藝大(筝曲生田流)を卒業後、NHK邦楽技能者育成会での研究を終了している。現在「真樹の会」を主催、女子美術大学筝曲部の講師も務めている。

「後藤幸浩&小濱明人」は、その名のとおり、熊本県出身の琵琶演奏家、後藤幸浩と、香川県出身の尺八演奏家の小濱明人によるデュオで、2002年に結成。現代の音楽に、日本の伝統音楽を取り入れた新しい音楽をめざしている。


<プログラム>
後藤幸浩&小濱明人:般若心経(琵琶を弾きながらお経を読む)うたえやうたえ(16世紀の閑吟集と12世紀の梁塵秘抄から)熊凝(くまごり)のうた(万葉集から)おんなぬこ(神社にたたずむ少女のイメージ)祇園精舎から壇ノ浦(平家物語から)手向(禅宗の僧侶・虚無僧による独奏曲)五木の子守歌(熊本県に伝わる子守唄、古い方言の歌詞)
和力:おこし(青森県の五穀豊穣を願う呪術)綾打ち(福島県のじゃんがら念仏)獅子舞(魔よけの踊り)津軽三味線曲弾き(津軽地方で発達した路上演奏)合奏曲・忍者(津軽三味線の二重奏)鶏舞(とりまい=夜明けを告げる鶏の舞)

●ヒダノ・スーパー太鼓コンサート、2月16日(3ページ)

ワールドカップの閉会式イベントで演奏するなど、世界を舞台に活躍している太鼓演奏家ヒダノ修一がロサンゼルスの一流ミュージシャンと共演する「ヒダノ・スーパー太鼓コンサート」が2月16日、ロサンゼルス・リトル東京のアラタニ日米劇場で行われる。今年は、ヒダノ修一が太鼓の演奏活動を始めて20周年になる。地元からトム倉井の率いる「太鼓センター・オブ・ロサンゼルス」が出演する。チケットは25ドル。

●愛知県の太鼓グループ「志多ら」(しだら)のセリトス公演、3月28日(3ページ)

愛知県北設楽(しだら)郡東栄町に拠点を置く太鼓グループ「志多ら」のセリトス・パフォーミング・アート・センターでの公演が3月28日に行われるが、チケットは、ほぼ売り切れの状態。28ドルの一番後ろの席が若干残っている状態。

志多らは1989年に結成、2002年に第1回国際太鼓コンテストで優勝し、海外での演奏活動を始める。これまで、アメリカをはじめ、ヨーロッパ、韓国、フィリピン、台湾、そしてカリブ海の国でも公演している。今回の北米公演ツアーは3月28日から4月26日まで。

●日本のキリスト教信者を描く映画の上映会、2月2、3日(3ページ)

山田火砂子監督による日本の福祉活動に大きな貢献をしたキリスト教信者の映画「石井のお父さん、ありがとう」と「筆子その愛-天使のピアノ」の上映が、2月2、3日に行われる。

●日本舞踊・西川流家元の考案した「おどり」を元にした体操「NOSS」がロサンゼルスで紹介される(4ページ)

日本舞踊・西川流家元の西川右近氏は、15年前の53歳のとき、心筋梗塞で倒れ、心臓バイパス手術を受けた。術後の入院期間中、足の筋肉の衰えに気づいた右近氏は、リハビリのために散歩を始めたが、すぐに飽きてしまった。50年近く日本舞踊を続けてきた右近氏にとって、音楽も、振り付けもなく体を動かすことは退屈なことだったからだ。

その時の体験を基に、スポーツ科学の権威、中京大学の湯浅影元教授と3年間かけて、右近氏は高齢者が健康を維持するために「NOSS」体操を考案した。NOSSは、日本(N)おどり(O)スポーツ(スポーツ)サイエンス(S)の略で、7分間の中に、日本舞踊の振り付けが織り込まれている。

右近氏は、「高齢者に体を動かしなさい、と言っても、動きません。ところが、体が不自由でベッドに寝たきりになっているひとでも、踊りを見せたり、音楽を聞かせてすると、体で反応します」とNOSSを作った理由を説明している。

NOSS体操に使う音楽も、自ら「この冬がすぎれば」を作詞し、二胡奏者のジャー・パンファンが作曲している。

12月5、6日、ロサンゼルスを訪れた右近氏は、息子の千雅(かずひろ)さん、弟子のももよさん、鯉喜裕(こいきゆう)さんと、敬老引退者ホーム、とハリウッド映画芸能界の集まりで、NOSS体操を紹介し、アメリカでも、関心を持ってください、と呼びかけた。

NOSS体操は、平成19年度の厚生労働省のモデル事業に指定され、長崎、福岡、三重、岐阜、愛知の各県の5カ所で教室が開かれている。

●ハンフォードのクラーク日本美術センターで、日本の正月フェスティバル、1月19日(4ページ)

カリフォルニア州中部のハンフォードにあるクラーク日本美術センターの恒例行事「日本の正月フェスティバル」が1月19日(土)午前11時から午後4時まで行われる。今回の見所は、ロサンゼルスの弓道グループ「一弓会」による弓のパファーマンスとサンフランシスコ太鼓道場による演奏。

このほか、羽子板あそび、書初め、餅つきなど、日本の伝統行事が行われる。

●ロサンゼルス・カウンティー美術館の日本パビリオン展示(5ページ)

根付コレクション「江戸時代の町の暮らし」2月26日まで 町人の衣装や暮らしのようすを人形にした根付の展示

版画コレクション「ことば、詩、絵画」2月19日まで 18世紀以降の作品の展示

●相撲にまつわる話(5ページ)

6月7、8日にロサンゼルス・スポーツ・アリーナで行われる「ロサンゼルス大相撲」のプロモーションのための相撲英文解説。今回は「まげ」と「まわし」について(5ページ)

●寿司職人養成学校の校長・アンディー松田のコラム(5ページ)

正月を迎えるにあたり、12月29日朝放送の日本語テレビ番組UTBで、正月料理の作り方を紹介した。これからも、3月3日、5月5日、7月7日、9月15日の節句ごとの料理の作り方をテレビで紹介していきたい。日本料理は、季節ごとにメニューが変わり、その季節料理のメニューにも、ひとつひとつ、いわれが、あるが、今では、すっかり忘れられてしまっている。

1月19、20日は、ポモナ催物会場で行われる「アジアン・アメリカン・エクスポ」にブースを出して寿司パックを販売する。このエクスポは、10万人近い入場者があり、全米でも5番目に大きいコンベンションである。

3年前に出店したときは、600個の寿司パックが3時間半で売り切れてしまい、売るものがなくなってしまった。今回は、1日400個の販売の予定。数を多くできないのは、イベント会場に大量の寿司ネタを保存する設備がないため。寿司販売は午前11時から始めるので、売り切れになる前に、早めにイベント会場に来てください。

●柔道指導者の資格講習会、2月1-3日(5ページ)

米国柔道協会による柔道指導者資格講習会が、2月1日から3日まで、ノーオーク柔道場で行われる。日本から落合トシヤス8段、ホシナ・マコト7段が参加し「裏の技」と「ゴウの型」の実演をする。柔道をしないひとでも見学ができる。見学料は、ひとり4ドル。

●日本の伝統と芸能を伝えるクラスの紹介(広告)(6ページ)

高野山米国別院 金那羅太鼓/雅楽 カリフォルニア愛石会 林節子染色クラス
LA着物クラブ 芥川婦身のお茶(江戸千家)と着物教室 裏千家・松本宗静 裏千家・飯沼信子
粟屋会筝曲教室 日本舞踊・若久会(若柳久女)日本舞踊・坂東三津拡会
琉球舞踊・真境名本流琉舞道場 照屋勝子筝曲研究所 民謡・松豊会 日本舞踊・坂東秀十美

●日本の伝統と芸能を伝えるクラスの紹介(広告)(7ページ)

染色・茜会 南加弓道会 柔道リサーチ・開発グループ
リチャード門間ボイス・クラス ヤング・エリート・クラブ 小川不動産
ライターラウンジ日本語クラス 日本語学園協同システム
寿司職人養成学校 ミキー世木時計店

●パシフィック・アジア美術館で太田垣連月の陶器、日本画の展示、2月8日から5月11日まで(8ページ)

太田垣連月=寛政三年(1791)生まれ、明治八年(1875)死去。幕末、京都三本木出身の尼僧。俗名は誠(のぶ)。藤堂藩伊賀上野城代家老職、藤堂新七郎六代良聖(よしきよ)の庶子。

生後十日余りで太田垣常右衛門の養女となる。八、九才にして丹波亀山城に、ご奉公に出る。このことが後に才色兼備の女性として成長する基礎を築く元となる。十七才で結婚し二十五才で夫に先立たれる。二十九才にて再婚するも三十三才にして夫、病没。加えて前後して四人の実子を失う悲惨さを味わう。

葬儀の後、養父と共に、知恩院大僧正により剃髪式を受け、文政六年(1823)蓮月を名乗る。天保三年、養父の死をもって岡崎に移り住み、文雅と共に土に親しむ。和歌、書に優れた才能があり、当時流行の煎茶の急須、茶碗に歌を刻み人気を博する。

嘉永三年(1850)蓮月六十才の頃、蓮月尼はすでに名を成し、飢饉救済のため三十両を奉行所に喜捨したとの記録が残る。加えて終生このボランティアは変わらず、丸太町の橋(文久二年頃=1862)を架けたり、慶応二年(1866)神光院月心、鳩居堂熊谷直孝らと飢餓救済に立ち上がっている。

万延元年(1860)この頃、蓮月焼のにせものが登場するようになり、時を経て蓮月と幽霊にあったことがないとまで言われるようになる。

慶応元年(1865)最後の場所となる西加茂神光院の茶所に移り住む。明治元年(1868)『蓮月高畠式部二女和歌集』の著作と、近藤芳樹編の蓮月歌集『海女の刈藻』を残す。明治八年十二月十日夕刻八十五才で静かに没した。

●パシフィック・アジア美術館の学芸責任者に、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校美術教授のケンドル・ブラウン博士が就任(8ページ)

ブラウン博士は1994年にエール大学で日本美術の研究で博士号を取得した。著作に『川瀬巴水(かわせ・はすい)の版画』(2004)『アメリカ太平洋岸地区の日本庭園』(1999)『隠遁者の思慮分別-桃山時代の絵画と権力』(1997)がある。これまで、パシフィック・アジア美術館のコンサルタントとして、版画展などを手がけている。

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by culturalnews | 2008-01-19 03:44 | 月別の日本語要約
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東 繁春 (カルチュラル・ニュース編集長兼発行責任者)

 二〇〇八年は、わたしが、タブロイド版の英字新聞「カルチュラル・ニュース」の発行を始めてから、ちょうど、十周年にあたる年になりました。一九八一年に、二十七歳の時、ロサンゼルスに来て以来、地元の日本語新聞社の記者、日本の新聞社特派員の助手や、日本の通信社の日本語ニュースの配信という仕事を経て、一九九八年七月から月刊八ページの英字新聞を始めました。

 最初の一年は試行錯誤の繰り返しでしたが、やがて「日本文化を伝える英字新聞」というテーマを見つけることができ、多くの方に助けられながら、今日まで、新聞発行を続けることができました。

 わたし自身は、一人で着物を着ることもできず、日本舞踊も踊れず、三味線も弾けず、お茶の作法も知らない、日本文化を知らない平均的日本人なのですが、二〇〇六年度版、二〇〇七年版の中学社会科歴史教科書(中学一年生用、東京書籍発行)で紹介されたことも手伝って、最近、日本から「アメリカ人は、日本文化の何にいちばん、興味があるのでしょうか?」「今アメリカでいちばん、はやっている日本文化は何ですか?」という質問をよく受けるようになりました。

 そのとき、わたしは最新のアニメ作品の名前を挙げたり、(ロサンゼルスでは最近は、アメリカ人の間で居酒屋がはやりなのだそうですが)「日本食は、居酒屋が人気です」と答えようかとも、思うのですが、現在進行中のアメリカ、そして世界のひとびとの日本文化への関心の広がりは、とても、そうした個別情報の羅列では、説明できないほど大きな社会現象になっているのではないか、と考えています。

 この問題を考えるとき、逆の立場を想定して、つまり、日本人がヨーロッパ文化に関心を持っている、という構図で考えてみると、理解しやすくなるのではないか、と思います。実際、日本人は、ヨーロッパ文化がとても、好きな国民です。そして、日本にいる日本人に、「今、日本で、いちばん、はやっているヨーロッパ文化は何ですか?」と質問したと想定すると、多くの日本人は、きっと答えに窮するのではないでしょうか。つまり、日本でのヨーロッパ文化は、単に、一時的な流行やファッションではなく、日本人の生活に深く浸透して、しまっているからです。

 アメリカ人や世界中のひとびとの日本文化への接し方は、じつは、日本人がヨーロッパ文化を取り入れたやり方に、近づいているのではないかというのが、わたしの見方です。前世は日本人だったに違いないと、卒直に語り、百エーカー以上ある自宅敷地内に日本庭園を造ったり、美術館を建て、日本美術の保存と普及をライフワークにしている、カリフォルニア州中部ハンフォードに住むビル・クラーク氏や、第二次大戦前の東京で日本画を学び、日本画を描くことが至福の喜びである九十歳を越える、ビバリーヒルに住む、画家のロバート・クラウダー氏
から話を聞くと、日本人がヨーロッパにいだく尊敬や憧れ以上につよい、彼らの日本に対する思い入れを感じることができます。

 ヨーロッパの国々が世界に台頭してくるのは、十五世紀以降のことです。それ以前は、イスラム圏が、世界で一番文化が進んだ地域でした。十五世紀後半のコロンブスによるアメリカ大陸への航路開拓も、陸路をイスラムに支配されているために、海路でインドに行かざるを得ない、というのが、本来の目的でした。

 平安時代の王朝文化や「源氏物語」が書かれたことに見られるように、日本の文化は、ヨーロッパ文化の開花よりも早くから発達し、十九世紀までは、その内容も、劣っていませんでした。
 
 日本人がヨーロッパに対して劣等感を抱くようになるのは、明治維新のせいです。明治政府は、自分たちの政権を正当化するために、徳川幕府に結びつくものを、すべて否定してしまいました。一九七〇年代の中国の文化革命のような、伝統文化を否定する社会状況が、日本でも、明治維新のときに起こっていたのでした。

 おもしろいことに、ヨーロッパで、日本文化への関心が高まるときは、いつも、日本人が日本文化に興味を失ったときなのです。明治政府による廃仏毀釈政策によって、国宝級の仏像が多く、海外に流出したことが、ヨーロッパ人が日本美術を「発見」するきっかけになりました。第二次世界大戦による日本の敗北、アメリカ軍の日本占領は、再び、日本の美術品が海外に流出する大きなきっけになりました。フランスの絵画に大きな影響を与えた浮世絵は、十九世紀に日本から輸出された陶器の包み紙として使われていたもので、日本人が浮世絵を売り込もうと思ったわけではありません。

 つまり、日本文化は、日本人が宣伝しなくても、ヨーロッパ人に直接触れる機会が与えられるならば、ヨーロッパ人のほうから自発的に関心を持つだけの価値を最初からもっているのです。「日本文化を伝える英字新聞」カルチュラル・ニュースは、ヨーロッパ文化をもつロサンゼルスのアメリカ人ばかりでなく、日本文化を失ったわたし自身のような日本人にも、日本文化に触れるきっかけを提供することを目的としています。 www.culturalnews.com
                                 
(了)
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by culturalnews | 2008-01-04 11:47