英字新聞カルチュラル・ニュースの日本語要約


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東繁春の責任編集「日本文化を伝える英字紙新聞」Cultural Newsの日本語要約
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日本語学校に集まる多人種の生徒たち(1ページから5ページに続く)

 パサデナ学園は、毎週土曜日の午前中8時45分から午後12時15分まで、日本語を教える学校である。1935年の創立で、現在は、全部で5つの日本語学校が加盟する協同システムの加盟校である。教室は、パサデナ市リンカン・アベニュー595番地にあるパサデナ日本文化センターの施設を使っている。

 5月のある土曜日の授業風景を紹介しましょう。高校生を対象としたケリー晴代先生の日本語中級クラスの休憩時間では、女子生徒が日本語の歌を楽しいそうにうたっていた。この日の授業は、杉浦リサ先生が教える初級日本語クラスの生徒が合流した。生徒は、日本人、白人、中国人、フィリピン人、ヒスパニック(ラテン系)韓国人とさまざま文化を持つ子供たちだ。

 モンロビアに住むマイカ・マクリーンハン(16歳)は、4月に行われた協同システム加盟5校の日本語弁論大会で優勝した。マイカの母は日系人だが、日本語は話さない。「日本文化には以前から関心があった。日本語を勉強するようになって、これまで知らなかったことがわかるようになった」

 ウォルナッツに住むニール・チュー(15歳)は、日本に行ったことがある。「日本はおもしろい国だ。日本語を学んでいるので、日本へ行ったらたくさんのひととしゃべることができると思う。ここで日本語を勉強するのは、学校の成績表にもプラスになる」

 グレンデールに住むケイティー・モック(16歳)の目的は、日本語アニメを理解することだ。「わたしは、日本のアニメが好きなので、字幕なしで、アニメがわかるようになりたい。日本語はかっこいいことばだと思う。英語にはない、違った発想を教えてくれる」

 ロサンゼルスに住むエリオット・デーリン(18歳)はこの夏で、高校を卒業し、大学へ進む。大学では、工学と日本語を勉強する予定だ。「母が日本人で、母の親戚が日本にいる。1年半前に日本に行ったとき、日本語が思ったよりは話せなくて、残念だった。今なら、うまく話せると思う」

 ラキャナダに住むサクラ・タベラ(14歳)の母親も日本人だ。「母親は一人っ子で、母の両親は日本に住んでいる。ここで日本語を勉強しているので、日本の親戚と話すことが以前よりは上手にできると思う。東京へは6、7回行っている。日本では、お寺や観光地に行った。最近、日本で経験したのはパチンコ」

 香港生まれで、サンマリノに住むスー・イム(16歳)が初めて日本へ行ったのは、4、5歳のとき。蕎麦を食べたことをよく覚えている。「アメリカに来て、アニメ、漫画、日本の音楽を見つけた。日本語の歌詞の意味を知りたいので、日本語を学んでいる」

 日本生まれで、サウス・パサデナに住むジェシカ・キム(14歳)は、父親が日本人。「父が勧めるので日本語を習いに来ている。この学校では友達に会えるの楽しい。日本語がわかるようになってきた。毎年、東京に行っている」

 ケリー晴代先生は東京生まれ、日本語を教えて20年以上の経歴がある。パサデナ学園で教えて5年になる。「日本語だけなく、日本文化、日本のたべものについても、教えて行きたい。この学校を卒業した生徒は、東京に行っても困らないレベルの日本語を身に着けることを目標にしている」

 杉山リサ先生は、九州出身で、2006年から初級日本語クラスを担当している。「日本語を教えることがすきで、生徒もすきです。日本語の力だけではなく、人格も伸びるように教えたい」
 
 パサデナ、サンバレー、ハンティングトン・ビーチ、ボイル・ハイツ、コリア・タウンにある5カ所の協同システム日本語学校では、6月2日と9日にオープン・ハウスを行う。日本語学校に関心のあるひとは、授業を参観できる。問い合わせは、協同システム本部まで。

ロサンゼルスの新橋和子さんに池坊の最高位「華老」の称号が贈られる(1ページから2ページ、4ページへと続く)
 ロサンゼルスで長年のわたって池坊生花を教えている新橋和子さんに、池坊家元・池坊専永氏から、池坊の最高位である「家元華﨟職"華老”」が3月20日付けで贈られた。伝達式は、4月29日にレイクウッド・シカモア・プラザで行われた池坊ロサンゼルス支部の創立50周年記念式典で、池坊専永氏によって行われた。

 新橋さんは、2002年に日本政府から勲六等瑞宝章を受けているが、このとき、池坊専永氏から准華老の称号を贈られている。今回の華老への昇格は、海外在住者としては初めて。

 新橋さんは、大阪生まれで、鹿児島県の国分で育った。1945年から生花を習い始めた。1950年に新橋しんごさんと結婚、神戸に移る。神戸では、しんごさんは、叔母が所有するホテルの経営を任されていたが、アメリカ行きの夢がすてがたく、単身でロサンゼルスに渡る。渡米のためのビザ手続きを待つ間の1956年から1963年の間、新橋さんは鹿児島県に戻り、高校や専門学校で生花を教えた。この時期に、生花を教えることが自分の使命と思えるようになり、池坊専門学校を卒業し、華道会のメンバーにもなった。

 1963年に渡米し、日本人社会だけではなく、美術館や画廊、銀行、デパート、公立学校などで、生花を展示した。1970年からは、日本語学校協同システムで、生花を教え始め、今日まで、続いている。1989年から2001年まで、池坊ロサンゼルス支部の支部長を務めている。

鹿児島県の小学生ジャズバンドが、世界で活躍(1ページから2ページに続く)

  鹿児島県で、小学校教師が率いる小学生ジャズバンド「リトル・チェリーズ」は九州地域での演奏活動だけはなく、ドイツ、アイルランド、そしてアメリカまでも演奏旅行を行っている。
 
  1976年から、毎年、ジャズの巨匠グレン・ミラーの生誕地、アイオワ州クラリンダでは、6月の3日間、「グレンミラー・フェスティバル」が開かれているが、今回、6月8、9、10日に行われるフェスティバルに、このリトル・チェリーズが出演する。

 リトル・チェリーズの参加は2001年以来、4回目。この企画を実現しているのは、グレン・ミラー生誕地協会日本支部代表の青木秀臣さん。

 アイオワ州クラリンダは人口5600人の小さな町。フェスティバルの期間中は、町の人口は倍以上に膨れ上がる。東京でテレビ番組制作会社「コスモ・スペース」を経営する青木秀臣氏は、1987年に初めて、このフェスティバルに参加、すっかり気に入ってしまった。そして、日本からジャズ・バンドを連れてこようと思いついた。

 数年後、青木さんは、熊本県玉名市の玉名女子校吹奏楽と鹿児島県内の音楽教師大西隆さんが率いる小学生ジャズバンドのリトル・チェリーズを、毎年交代で、クラリンダに連れてくるようになった。
 
 リトル・チェリーズは、音楽教師大西隆さんが、1988年に赴任先の鹿児島県根占町神山小学校で結成したことが始まり。以来、大西先生の赴任先、徳之島、鹿児島市で、リトル・チェリーズは引き継がれ、2001年から大西先生は鹿児島市立玉江小学校で教えている。

 「リトル・チェリーズ玉江」は、小学生バンド・コンテストの九州大会や全国大会で、優秀な成績をあげてきたが、2006年度のリトル・チェリーズ玉江は、全国大会で優勝した。リトル・チェリーズ玉江2006は、小学5年と6年生からなる18人編成。大西先生は、鹿児島大学教育学部に8年間在籍、その間、大学のジャズ・バンド「チェリー・アイランダーズ」でトロンボーンを吹いていたという音楽好き。

 クラリンダでのフェスティバルの帰途、リトル・チェリーズは、6月11日にロサンゼルスで
演奏会を開く。

エッセー:外交官の旅で出会った予期しない驚き(兒玉和夫ロサンゼルス総領事)東と西は出会うことはないのか?(1ページから6ページに続く)
 31年間の外交官生活のなかで、わたしが、いつも問い続けていることは、「東と西は出会うことはないのか?」なのです。今回のロサンゼルスへの赴任で、わたしの外交官としての海外勤務は、アブダビ、ロンドン、香港、ワシントンDC、ニューデリーと6回目になりました。

 1889年、インドを旅行していた英国作家のキプリングは、有名な詩句「東は東、西は西、東と西は出会うことはない」を書き残しています。そして、同じ詩句のなかで、これは、それほど、知られてはいない文句ですが「東と西の区別はない、国境も、種族の区別も、出生の違いもない」とも書いているのです。

 南カリフォルニアに赴任してきて、1889年のキプリングの詩句が、たいへん予言的な内容を含んでいることに気がつきました。1889年という年は、日本からアメリカ本土への最初の移民が到着した年でもあります。そして、その後数十年にわたって、一世のひとびとは、アメリカ社会からの排斥と人種差別という強風の中で、竹のように、風の方向に身をかわしながらも、決して折れることにない、勇敢な人生を歩んできたのです。

 以来、第二次世界大戦という、いわば、東と西が暴力的にぶつかりあった暗黒の日々にあっても、一世たちは、尊厳を持ちながら、アメリカを第二の祖国と考え、生活を築き上げてきました。442部隊の勇敢な戦いの話は、聞いていて痛みを感じますが、しかし、その犠牲があってこそ、アメリカ国家にたいして、日系アメリカ人が一般のアメリカ人と同じであることを認めさせることができたのです。

 日本とアメリカの友好関係は、百年の歴史を持っていますが、その友好関係は、こうした大きな犠牲を払った結果に生まれたものなのです。友好関係を持ち続けるためには、相互理解、忍耐、寛容が必要なのです。日系アメリカ人は、東と西のよい部分を持ち合わせています。日系アメリカ人は、個人主義と独立精神を持っていると同時に、協調の重要さとより大きな目的のために個人が犠牲を払うことの必要性も理解しているのです。

 わたしが、ロサンゼルスに来て出会った人の中に、こうした日系アメリカ人の資質をもったアメリカ人がいます。「東と西の出会い」をまさに、実践しているのが、「日本芸術と文化のためにクラーク・センター」の設立者のウィラード・クラーク氏とエリザベス夫人です。初めて、クラークセンターの美術館を訪れたとき、わたしは、わが目を疑いました。クルミ林の中に忽然と美術館があるのです。場所は、ハンフォードといって、ロサンゼルスとサンフランシスコのちょうど、中間に位置する農業地帯なのです。

 そして、この美術館は、西の中で、東を代表する格好の場所にあるのだと、わたしは、認識するようになりました。日本を代表する日本画家・平山郁夫先生が、初めての個展を開かれる場所としてこのクラーク・センターに決められたのも、当然だと思うようにもなりました。

 「シルクロード」をテーマとした平山画伯の展示会が、3月24日から5月19日まで、開かれ、たくさんの入場者がありました。平山先生のお話によれば、日本画の描き方というのは、美しさをできるだけ簡明に表現することだそうです。そして、日本画では、作品にその作家の精神性と教養が現れてしまうのだといいます。100の中から99をそぎ落として行くのが、日本画の世界なのだというのです。この話を聞いたとき、わたしはバン・ゴッホのことを連想せざるを得ませんでした。

 ゴッホが浮世絵の影響を受けたというのは、有名な話です。そして、実際にゴッホが語っていたことを聞くと、さらに驚くことがあります。例えば、秋の景色を描くときの黄色は、かならずしも、実際の色と同じでなくてもよい、という考えを持っていたのです。また、ゴッホは、誇張した表現をするとも、言っていますが、それは、まったく別のイメージを作ることではなく、絵を描く対象の中に潜んでいる美しさを引き出しているのだと、言うのです。時代と場所を越えて、平山先生とゴッホが同じ考え方をしていることに、驚かせられます。

 クラーク・センター美術館で平山先生のシルクロード展を見たとき、わたしは、たいへん幸せな気持ちになりました。ビル・クラークさんは、自分の前世は日本人だった、と自己紹介するひとですが、平山画伯の作品が飾られたビルさんの美術館にいると、確かに、彼の前世が日本人だったことが納得できます。わたしの、思いがけない驚きの旅は、終わりがありません。

 兒玉和夫氏は、1979年に外務省に入省。2006年5月からロサンゼルス総領事を務める。東京大学、オックスフォード大学を卒業。

TV番組、仏教伝道シリーズ、6月はチベット仏教学者を紹介(2ページ)

 仏教伝道協会が、毎週日曜日、午後6時半から放送している「仏教徒の生き方」シリーズでは、6月は、カトリックの大学、サンディエゴ大学宗教学助教授カルマ・レクシ・トソモ博士を4回にわたって紹介する。トソモ博士は、南部バプテスト・キリスト教の家庭に生まれているが、12歳のとき、仏教徒になることを決意、日本、東南アジアで仏教を学んだ。女性問題、生と死について話しをする。

南カリフォルニアの盆踊り(3ページ)

 南カリフォルニアの浄土真宗西本願寺派、東本願寺派のお寺では、6月半ばから8月にかけて、各地で盆踊りが行われる。(記事は、各寺院の盆踊りの日程を掲載)

ソニー創業者盛田昭夫氏の生涯を展示、7月13日から9月9日(3ページ)
 
 ロサンゼルスの全米日系博物館では、7月13日から9月9日まで、ソニー創業者盛田昭夫氏(1921-1999)の生涯を紹介する展示を行う。盛田氏がソニーから売り出した家電製品によって、粗悪品の代名詞だったメイド・イン・ジャパンは、高品質を表すことばに変わった。また、ソニーのアメリカでの発展において、日系アメリカ人の貢献を賞賛したビジネスマンであった。

環境音楽の長屋和哉(ながや・かずや)のロサンゼルス・コンサート6月18日(3ページ)

 和歌山県吉野・熊野や八ヶ岳で、鐘や打楽器を使う環境音楽を作っている長屋和哉さんのロサンゼルス初コンサートが、6月18日、リトル東京のイースト・ウエスト劇団で行われる。音と音の間の静寂が長屋音楽の特徴。日本画家横山大観の水の一生を描いた「生々流転」をテーマに作った作品(生々流転)は、1998年のハリウッド・ラジオ・テレビ協会の国際広告賞コンテストでファイナリスト賞を受けた。

北米太鼓コンファレンス、8月10-12日、シアトルのワシントン大学で開催(3ページ)

 2年おきに開催される全米太鼓愛好者の大会が、8月10日から12日まで、シアトルのワシントン大学キャンパス内で行われる。例年500人以上が参加。8月5日から8日までは、太鼓・セミナーが開かれ、8月9日の夜にはシアトル仏教会で、歓迎式が行われる。

ロサンゼルス童謡コンサート、8月11日(3ページ)

 第1回ロサンゼルス童謡チャリティー・コンサートが、8月11日、午後2時と6時の2回、ロサンゼルス・ダウンタウンのコルバン音楽学校内ジッパー・ホールで行われる。熊本の日本国際童謡館から専属歌手やべ・せいこ、と、そが・みまこの「DOYO組」が出演する。ロサンゼルスからはレッド・ラッカー・ブリッジ・合唱団が出演する。

二世ウィーク祭りに青森からねぶたが参加、8月19日(3ページ)

 恒例の二世ウィーク祭りに、今年は、青森市からねぶたが参加する。ねぶたは、灯篭に絵をかぶせた構成で、内側からの光を目立たせるため、パレードの時間が、午後6時からになる。

ロングビーチの日本庭園で、黒松の剪定会、6月10、24日(3ページ)

 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校内にあるミラー日本庭園で、6月10日と24日に黒松の剪定会が行われる。

ロサンゼルス・カウンティー美術館の展示(4ページ)

6月7日から9月11日:根付コレクション、テーマは動物 
5月31日から9月11日:版画展、テーマは「時間の概念」明治になり西洋の24時間の制度が取り入れられたために、伝統的な日本の生活に大きな変化が起こった。明治時代の「時」の感覚を表わす衣装を描いた版画の展示
5月31日から9月11日:日本画、テーマは「時と場所」祭り、儀式、田植えや稲刈りなど、さまざまな行事を描いた日本画の展示

ロングビーチ市から姉妹都市の四日市へ、先生と高校生を派遣(5ページ)

 ロングビーチ・四日市姉妹都市協会では、毎年、教師1名、高校生2名のトリオを四日市市へ派遣しているが、今年のトリオが発表された。教師は、ロングビーチ学校区ユリウス・グラント小学校に勤務するエリサ・ツリンさん。高校生は、ロングビーチ工業高校生のジェフリー・ロング君とジェニファー・トランさん。

ロサンゼルスの日系企業協会が、13人のアメリカ人教師を日本へ派遣(5ページ)

 1975年から続いているロサンゼルスの日系企業協会による、アメリカ人教師の日本派遣プログラムは、今年は日本人駐在員の子供たちが通う学校や学校区から13人の先生が選ばれた。6月23日から7月7日まで、東京、京都、秋田、奈良を回る。アメリカ公立学校の教師に日本人の子供たちを理解してもらうと、教師に日本旅行をプレゼントしている。(記事は、日本旅行に選ばれた先生の名前と所属学校区、校名)

軍事アナリスト神浦元彰の日本レポート:参議院選挙と防衛省への昇格(6ページ)

 今回の防衛庁から省への昇格の、たちまちの効果は、自民党が、7月の参議院選挙で「防衛組」議員を当選させること。(原文は、別ページに掲載してあります)

南カリフォルニア日米協会の新会長と副会長の選出(6ページ)

 南カリフォルニア日米協会は、新会長に、日本通のアメリカ人弁護士エドワード・ペロン氏、副会長に三菱電子産業の総支配人森下かっぺい氏とパシフィック・パートナーズ社長のロバート・ブラック氏が選出された。ブラック氏は、2009年には会長職を引き継ぐ。

 日米協会は、個人会員2000人、企業会員120社、日本人が35%、アメリカ人が65%という構成になっている。

寿司シェフ養成学校のアンディー松田のコラム(7ページ)

 ロサンゼルスで日本食、寿司レストランがはやっているが、調理場には、日本人はほとんどいない。寿司シェフ養成学校では外国人に日本食を教えることが目的だが、繁盛している日本食レストランでは、日本人シェフがいるというイメージを重要としている。

アジア系アメリカ人陶芸家による作品展、6月3日から8月19日(8ページ)

 ベルエアーにある、ユダヤ教大学のギャラリーで「環太平洋からの声:アジア系アメリカ人陶芸家たち」が6月3日から8月19日まで展示される。

映画「明日の記憶」のロサンゼルス上映、6月8日から14日(8ページ)

 渡辺謙によるプロデュース、主演。40代でアルツハイマー病を患ったエリート・サラリーマンの顛末を描く映画。ビバリーヒルズのレムリー・ミュージック・ホールで、6月8日から1週間の上映。

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by culturalnews | 2007-06-18 17:38 | 月別の日本語要約
神浦元彰

今年は、3年に一度の参議員選挙が、7月に行われる。

自衛隊は100万票を動かす力を持っていると言われている。現役隊員、OB隊員、隊員の家族など有権者数を合わせると、100万票になる。この組織がさらにフル集票すれば最大200万票を集めることも可能という。参議院比例代表の最低得票数は約30万票である。前回、2004年の参議員選挙では、自民党は万全の策として3人の防衛庁出身者を、比例代表の党公認とした。

しかし結果は3人とも10万票前後の票しか獲得出来ず、全員が落選した。この時から、自民党参議院から防衛庁・自衛隊出身の議員がゼロになった。敗因は、その年の1月に、自衛隊がイラクに派遣されたからだ。このイラク派遣には現役と退役両方の自衛隊員や家族が猛反発した。自衛隊は海外の戦地で戦える法整備や装備品を準備していなかったからだ。

今年7月の参議院選挙では、自民党は早くから選挙対策を進めている。サマワからすでに陸上自衛隊の部隊を撤退させ、“ヒゲの隊長”としてマスコミに登場したイラク先遣派遣隊長の佐藤正久(さとう・まさひさ)1佐を比例代表の党公認としている。

2004年の3候補者は、すべて防衛庁官僚(背広組)の出身者で、自衛隊員(制服組)ではなかった。今回は制服の佐藤1佐を党候補にしたのは、前回選挙で官僚出身者が不人気だったことを考えてのことだった。

そして、自民党の最大の選挙対策だと言われているのが、今年1月9日の、防衛庁から防衛省への昇格である。

防衛庁というのは内閣府の下部組織で、防衛長官は予算要求を直接に財務相に行ったり、閣議へ議案を提案することができなかった。日本の安全保障政策を担当するのは、主に日米安保を取り仕切る外務省の役割になっていた。防衛庁の主な仕事は陸海空・自衛隊を管理することだったのだ。

政策決定権をもつ「省」への昇格は、防衛庁・自衛隊幹部たちの念願だった。自民党は、防衛省職員と自衛隊員の士気を高めることによって、再び100万票以上の集票に期待している。
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by culturalnews | 2007-06-18 17:31 | 神浦元彰の世界の見方