英字新聞カルチュラル・ニュースの日本語要約


by culturalnews

<   2007年 01月 ( 1 )   > この月の画像一覧

◎笑いは国境を越える:日本で「落語家」になったロードアイランド出身のアメリカ人ビル・クラウリー (1&4ページ)

 ビル・クラウリーは、アメリカ東海岸のロードアイランド州育ち。アイルランド移民の三世世代。1992年に日本へ行くまで、日本のことは、ほとんど知らなかった。

 大学を西海岸の名門校、スタンフォード大学に選んだ、ビル・クラウリーは、学生時代から陸上の先週で、大学卒業後は、1500メール選手としてオリンピックを目指し、トレーニングをしていたこともあった。

 その陸上選手を辞めた後、友人の紹介で、大阪にある英語学校の教師として日本へ渡った。日本滞在は、最初は1年の予定だったが、この大阪の英語学校で、落語の桂枝雀(かつら・しじゃく)師匠に出会ったことが、クラウリーの人生を大きく変えた。

 枝雀師匠は、英語で落語をやっていたひとで、大阪に到着したクラウリーは、枝雀師匠に英語を教えるようになった。そして、日本へ到着して、わずか、1カ月半で、クラウリーは英語落語をやることになった。

 いきなり、枝雀師匠から、英語落語をやるように言われて、クラウリーは、すっかり困ってしまったが、弱音をはくことが嫌いなクラウリーは、英語落語に挑戦した。

 それが、すっかり、クラウリーの人生を変えてしまった。クラウリーの英語落語は評判となり、つぎつぎに仕事が入ってきた。NHK教育放送で「落語家ビル、日本を再発見」と「ビル君、西海岸へ行く」の番組も作られた。

 しかし、クラウリーは、日本での成功に安住せず、アメリカで俳優として成功するために、1999年、まったく、知り合いのいないロサンゼルスへやって来た。

 俳優としてこれから売り出さなければならないが、クラウリーは、笑いは、世界中のひとびとの心をひとつにするを、信条に、司会業や、ビジネス・コンサルタントをしながら、ビッグ・チャンスが来るのを待っている。

 クラウリーが日本で作った英語教材は、今でも使われていて、2006年には東京書籍発行の中学英語教科書「ニューホライズン」で、クラウリーの英語落語が掲載され、教科書に付随したDVDも発売されている。

 クラウリーの落語は、2月24,25日にアリゾナ州フェニックスで行われて「アリゾナ祭り」日本文化フェスティバルと、5月6日トーレンスのエルカミノ大学マーシー大講堂で行われる粟屋会琴コンサートで見ることができる。



◎2年間空白だったロサンゼルス日米文化会館のトップが決まる (1&4ページ)

 2年間空白だったロサンゼルス日米文化会館の専務理事が11月に決まり、新理事長も選出された。新体制ができあがった日米文化会館は、12月22日、理事長のサンドラ・サカモトさん、専務理事のクリスティーン・アイハラさんが記者会見をした。サカモトさんも、アイハラさんも、ともに三世世代。

 日米文化会館は、25年前に、日米の協力で、アメリカで日本文化を広める拠点として、またロサンゼルスの日系人コミュニティーのセンターとしての役割を果すことを目的に設立された。5階建て(地下1階)の本館と、850席の劇場を持っている。

 年間運営費は、約3000万ドル(約3億円)。職員はパートを含めて、約40人。会館の運営は、会員約3000人からの会費、寄付、助成金、劇場レント、会館乎フォス・レントなどで、まかなわれている。

 しかし、ここ数年は、財政危機に直面しており、会館自体が売却されるのではないか、というウワサも広がっていた。

 サカモトさんは、これまで20年間、日米文化会館の理事を務めていた。これまで大手電話会社AT&Tの専属弁護士だったが、この12月末で引退するため、余暇を、日米文化会館の運営に協力しようと思っている。

 アイハラさんは、12年間、日米文化会館のスタッフとして働いたのち、約1年間、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校内日本庭園プロジェクトで働いていたが、今回の抜擢で、日本庭園を辞めて、日米文化会館に戻ってきた。

 記者会見では、リトル東京を取り巻く環境がすっかり変わり、日本人、日系人よりも、他人種が増えていること。日本文化への他人種の関心が高まっていることから、日米文化会館の対象を、より広く、他の人種にも広げたい、と抱負を語った。

◎サンフランシスコ日本町のホテル・商業施設を売却したアメリカ近鉄興業が、日本文化振興の新財団設立のために50万ドルを寄付 (2ページ)

 1968年からサンフランシスコ日本町再開発に参加、ホテルやショッピング・モールを経営していた日本の近鉄の米国法人・アメリカ近鉄興業は、2006年9月までに、サンフランシスコ日本町のすべての不動産を売却、サンフランシスコから撤退した。アメリカ近鉄興業は、今後もサンフランシスコ日本町に日本文化が残るようにと、「サンフランシスコ日本町財団」の設立を提案、その発足資金に50万ドルを寄付した。新財団の発足と近鉄による寄付の発表会は、12月5日、サンフランシスコ日本町の都ホテルで行われた。

 サンフランシスコ市と大阪市は、1957年に姉妹都市協定を結んだ。その交流の中で、サンフランシスコ市から近鉄に、日本町再開発への参加要請があり、近鉄としては初めての海外投資で、ショッピング・モール、ホテル施設からなるジャパン・センターが建設された。

 アメリカ近鉄興業は、過去10年以上にわたって不動産の売却を進めていたが、2005年に最後に残っていた都ホテル、都イン、2カ所のショッピング・モールの売却を決定した。売却先の選定は、サンフランシスコのミナミ・タマキ法律事務所に依頼された。近鉄側は、ホテル等の不動産の売却を公表したため、一時は、日本文化が無くなってしまうと、反対運動も起こった。

 2006年9月までには、ビバリーヒルズの投資会社3D社への売却が決定、12月までに、すべての売却が完了したため、今回の「サンフランシスコ日本町財団」の発足となった。

 近鉄は、サンフランシスコでは事業拠点がなくなったため、新財団には、近鉄の名称も付けず、理事役員も派遣しない。サンフランシスコ日本町に関係する商業団体、コミュニティーの代表が理事に選ばれている。

 財団の事務局は、ミナミ・タマキ法律事務所内に置かれ、同事務所のドナルド・タマキ弁護士が、理事長を務める。12月5日の寄付発表会に出席したアメリカ近鉄興業の角谷武典社長は、40年以上にわたって近鉄を支持してくれた日本町コミュニティー、サンフランシスコ市当局に感謝し、寄付金を、日本町の今後100年の発展のために役立ててほしい、と語った。

(写真は、50万ドル小切手のレプリカにサインをする角谷武典アメリカ近鉄興業社長。写真提供はサンフランシスコ・日米タイムズ。及川彩=おいかわ・あや=撮影)

◎映画「硫黄島からの手紙」で活躍したロサンゼルス在住の俳優たち (3ページ)

 映画「硫黄島からの手紙」が日米で多くに観客を集めている。この映画では主役の栗林忠道陸軍中将に「ラスト・サムライ」「メモワール・オブ・ゲイシャ」(邦題さゆり)でハリウッドに認知された渡辺謙が抜擢された。渡辺謙のほか、日本からは、二宮和也、伊原剛志、加藤亮、中村獅童、裕木奈江らの俳優が参加した。

 「硫黄島からの手紙」は、もともとは映画監督クリント・イーストウッドの「父親たちの星条旗」を製作する話がもちあがったとき、日本軍の側から見た硫黄島作戦をDVD版として作り、「星条旗」のDVD発売の時に、付録として販売するという程度の構想だった。

 それが、本格的な映画制作に発展した。しかし、最終的に決まった制作費は2000万ドル(約24億円)で、ハリウッド映画としては小規模作品となり、主だった役には日本で知名度のある俳優を起用したが、大半の俳優は、ロサンゼルスに住むアクターたちが採用された。

「硫黄島からの手紙」は、太平洋上の硫黄島での戦闘シーンが中心の映画であるが、実際の撮影は、ロサンゼルスとラスベガスの中間地点バストー近郊の砂漠の中の元銀鉱山(キャリコ)で行われ、海岸シーンは、ロサンゼルス近郊のマリブ海岸で、洞窟内のシーンは、ワーナーブラザー・スタジオで撮影された。実際に、硫黄島に行ってロケをしたのは、渡辺謙だけだった。

 キャリコ近郊は、火山の跡地で、黒い溶石が取れる。この溶岩石を砕いて販売している会社があり、撮影セットを作ったときの硫黄島の黒い砂は、この会社から調達した。キャリコでの撮影は、2006年3から4月にかけて行われた。
 
 映画「硫黄島からの手紙」に出演したロサンゼルス在住の役者は以下のとおり。

松崎悠希(まつざき・ゆうき)=野崎・陸軍一等兵役
 宮崎県宮崎市出身。25歳。児童向けの劇団で7歳から演技を始める。全国組織の子供演劇「LABO」は母親の運営で、子供向けコメディーに出演していた。18歳で日本をでるまで、11年間、「LABO」に所属していた。宮崎県立宮崎大宮高校普通科を卒業。神奈川県川崎市の「日本映画学校(Japan Academy of Moving Images)」俳優科に通う傍ら、3ヶ月ほど新聞奨学生として住んでいた。平均睡眠時間2時間のつらい体験をした。

 2000年に18歳で、ニューヨークへ渡るも、すぐに、持ち金を全て盗まれホームレスになってしまう。しかし俳優になる夢を諦めきれず、路上で歌いながら生活する。B級アクション映画にキャストされたのをきっかけに、ロサンゼルスへ移り、2002年、映画「ラストサムライ」に官憲役で役をもらった。

松崎悠希は語る:
本当に良い経験をしました。そして色々な事を学びました。
文字に書かれた人物をどうすれば「現実」に持ってこれるのか。
血の通った人間として観客に伝える事が出来るのか。
それだけに全精力を費やしました。
役作りの為、撮影終了までの5週間、
殆ど何も食べなかったので30ポンド近く痩せました。
全ては「野崎」を生きた一人の人間にする為です。
彼がどのように生き、どのような思いを持って死んでいったのか、
それが観客に伝わればこれほど嬉しい事はありません。

「日本兵」は「日本人」であって、
生まれついて「日本兵」だったわけではありません。
彼らは一人一人に独立した人生、そして家族があったのです。
これまで無個性に描かれる事が多かった「日本兵」は、
この映画によって、無限の彩りを手に入れる事でしょう。
クリント監督、本当にありがとう!

戸田年治(とだ・としはる)=足立大佐役
 東京都杉並区阿佐ヶ谷出身、劇団四季に3年、ニューヨークで17年、ブロードウエー・ミュージカルをやっていた。ロサンゼルスに移って、15年、さまざまな映画、テレビドラマに出演。

 映画「パールバーバー」では、日本軍の攻撃を目撃した日本人歯医者の役をやった。このシーンは脚本の段階で、日系人団体から、日本人がスパイとして描かれていると抗議があり、削られていた。しかし、大方の撮影が終わった段階で、取り入れることが決まり、あとで、撮影されたといういきさつがある。

戸田年治は語る:
役者として出演する映画はそれぞれ大事ですが、特にこの映画に関しては実際のできごとで、演じる役も実在の人物(厚地大佐)なのでとても名誉に感じています。日本の歴史の一部を演じるという機会は少なく非常に幸運だと思います。また子供の頃に見ていたテレビ番組「ローハイド」で初めてみた、今は世界を代表する監督になった、クリント・イーストウッド氏の作品に出られたのは感激でした。

ブラック縁(ゆかり)=憲兵に言いがかりを付けられ、飼い犬を殺されてしまう、出征兵士の妻の役
 静岡県浜松市生まれ。3歳のときからステージに立ち、以来、女優、歌手、シンガー・ソングライターなど、さまざまなことをやる。多摩川大学演劇科を卒業。最近は、太鼓演奏も始め、グループTYTを結成、2006年11月のロサンゼルスのジャパン・エクスポで披露した。ロサンゼルス滞在、13年。ロサンゼルスで、演劇に多数出演。


渡辺広(わたなべ・ひろし)=栗林中将の副官を務めた藤田中尉役

東京生まれ、港区立城南中学、私立聖学院高校を卒業後、青年座の研究所を経て、池袋、新宿の小劇場を中心に舞台経験を積む。
26歳で、ニューヨークへ行き演劇の名門校の門をたたくが、「英語力が足りず」、いったん日本へ戻り、 1995年、再渡米、ロサンゼルスへ。
  30歳でロサンゼルス・シティー・カレッジの演劇科を卒業後、映画、舞台などに出演。二―ルサイモン作「おかしな二人」、シェイクスピア作「Two Noble Kinsmen」、映画「ラストサムライ」など。
  四人兄弟の長男で、実家は港区、東京のど真ん中で育った。演技に興味を持ったのは7歳のとき。母親が「この子を舞台に立たせたらおもしろいんじゃないか」と英語の劇団サークルに所属したのが、始まり。 
 

◎映画「二人日和」(ふたりびより)無料上映会、2月18日(3ページ)

 京都を舞台にした日本映画「二人日和」が、2月18日(日)午後2時から、ロサンゼルス・リトル東京のアラタニ日米劇場で上映される。国際交流基金ロサンゼルス事務所の主催で、無料。

 ベテラン監督野村恵一の脚本・監督作品で、2006年に第25回藤本賞奨励賞を受けている。文部科学省選定映画。英語の映画タイトルは、原作と同じ「ターン・オーバー、天使は自転車に乗って」。
 
 不治の病ALS病の夫人(藤村志保)と、夫の神官装束を作る老職人(栗塚旭)が、大学でゲノムを研究する傍ら、マジックを趣味とする青年と出会うことで、ストーリーが展開する。

◎2007年イベント・カレンダー(3ページ)

若久会おさらい会 3月11日(日)正午12時半から午後5時まで。日本舞踊、正派若柳流若柳久女師匠の「若久会」の十周年を記念して、トーレンスのアームストロング劇場で「おさらい会」を披露する。チケットは、10ドル

酒祭り3月22日(木)午後6時から9時まで。ロサンゼルス日本国総領事館の呼びかけで在米の大手日本食品ディストリビューター(卸)が集まって、日本全国の酒を、アメリカに紹介するイベントを開く。場所は、ビバリーヒルのメリディアン・ホテル。前売り券は40ドル。当日券は45ドル。問い合わせは、若尾アソシエーツまで。電話 (310) 375-0200。

ロサンゼルス合気道センター恒例セミナー 4月14-15日。合気道の創設者植芝盛平を記念して毎年行われるロサンゼルス合気道センター(古屋ケンショウ6段主宰)のセミナー。世界各国から、指導者が集まる。合気道センターは、リトル東京にある。

◎新年恒例「色紙展」元日からオープン、1月28日まで(4ページ)

ロサンゼルス日米文化会館が毎年、新年に行う「色紙展」は、今年は、元日からドイザキ・ギャラリーでオープンする。今年のテーマは「初笑い」入場は無料。

◎ロサンゼルス・カウンティー美術館日本館の展示(4ページ)

1月30日まで「版画展:江戸と東京」(写真は、トヨハル・クニチカの隅田川の舟)

◎日本美術文化クラーク・センターで正月フェスティバル、1月20日(4ページ)

 中部カリフォルニア、ハンフォードにあるクラーク・センター(リー日本美術研究所が改名)が恒例の正月フェスティバルを行う。餅つき、羽子板、琴演奏などが、午前11時から午後4時まで行われる。

◎若柳久三師匠の「華の会」おさらい会の写真(5ページ)

 日本舞踊の正派若柳流の若柳久三師匠の「華の会」が、12月17日、リトル東京の日米文化会館内ドイザキ・ギャラリーで、おさらい会をした。約20人が日本舞踊を披露した。写真は、「助六」を踊る若柳久三師匠(上左)、「東都獅子」を踊る渡辺理絵(上右)、「大原女」の若柳久女師匠(左)と若柳久起(写真下段)

◎ロサンゼルス寿司職人学校校長 アンデー松田のコラム(5ページ)

 新年おめでとうございます。スシ・シェフ・インスティチュートの2007年の出前講義は、ボートや釣り好きが集まるコンベンションで始まることになりました。毎回10万人から20万人が訪れる「フレッド・ホール・フィッシング・タックル・ボート・トラベル・ショー」で、釣った魚を使って、寿司や刺身の作り方をデモンストレーションすることになりました。

 このショーは、2月14日から18日までが、サンフランシスコのカウ・パレスで、3月7日から11日までが、ロングビーチ・コンベンション・センター、そして最終の3月21日から25日がサンディエゴ近郊のデルマー・フェア・グラウンドで行われます。

 寿司職人を目指すひとを援助するために、奨学金を作ろうとしている話は、以前お知らせしたことがありますが、最近、カリフォルニア・ライス・コミッション(公的機関)から、この奨学金を作る方向に進んでいるという、通知を受け取りました。

 わたしたちの寿司職人学校の卒業生の動向ですが、リー・シンが、アメリカ東海岸のニュージャージー州ニューワークで、ポットスティッカー・アジア・グリルを開きます。

 また、アラスカ州ジュノにある中華レストラン「広東ハウス」から、寿司バーを開きたいので、インストラクターを送ってくれという依頼があり、日本を拠点にしているアマモト・タカを12月に派遣しました。アマモトは、4カ月、アラスカに滞在して、広東ハウスのオーナー、リチャード・カンに寿司を教えます。

 ロサンゼルスでは、どこにでも日本食レストランがあるようですが、ダウンタウンには、意外と日本食がありません。このダウンタウンで、5月に、高層ビルの26階に「ソラ・ジャパニーズ・レストラン」がオープンします。

◎新年広告(5ページ)

東本願寺ロサンゼルス別院  日本語学園協同システム 
ミッキー世木時計店     日本舞踊 坂東三津拡会

◎新年広告(6ページ)

禅宗寺  緊那羅雅楽・太鼓  茶道裏千家、松本宗静名誉師範 日本伝統芸術振興会
LA着物クラブ 芥川婦身着物教室・芥川宗身江戸千家茶道冠雪会 茶道裏千家教授・飯沼信子
正派若柳流・若柳久三 正派若柳流・若久会・若柳久女 坂東秀十美日本舞踊クラス 
草月いけばな北島ヨウコウ 沖縄舞踊・真境名本流・琉舞道場 照屋勝子琉球筝曲研究所
民謡松豊会 日米の文化交流をめざすヤング・エリート・パーティー(尾上浩一)

◎新年広告(7ページ)

太鼓センター・オブ・ロサンゼルス 合気道センター・オブ・ロサンゼルス 光風会(盆栽クラブ)柔道リサーチ・デベロプメント・グループ(篠原カズオ)南加弓道会 カリフォルニア愛石会
林節子染色教室 声楽リチャード門間 落語・司会業ビル・クラウリー

スシ・シェフ・インスティチュート 香川保険エージェンシー

◎パシフィック・アジア美術館の「翡翠・絹・陶器:美術の素材」展、3月9日から5月27日(8ページ)

パサデナのパシフィック・アジア美術館の3月からの展示は東洋美術の素材をテーマに翡翠、絹、陶器の作品が展示される。同展示の学芸員は「アジア芸術の素材」の著作をもつ、メーヤー・マッカーサー。

◎新田昌弘の津軽三味線コンサート、1月20日(8ページ)

津軽三味線の有名プレーヤー新田昌弘の演奏会が、1月20日午後7時から、モンテベロー崇禅寺で行われる。チケットは10ドル。国際交流基金の助成イベント。

◎広告:草月いけばなの展示会 2月21、22日、UCLA大学校内アッカーマン・ユニオン・ビルの2階(8ページ)

* * * * * * * * * * * * * * * 

カルチュラル・ニュースは、日本で購読することができます。日本での購読料は年間5000円(あるいは40ドル)です。また、カルチュラル・ニュースをアメリカのお知り合いにプレゼントしてください。アメリカでの購読料は年間20ドル(あるいは3000円)です。

送金先は、郵便振替口座へ
口座名: カルチュラル・ニュース日本支局
口座番号:00220-0-45054

送金されましたときは、購読者名、住所、電話番号、金額、購読開始の月を、カルチュラル・ニュース本社まで、お知らせください。

Eメール:higashi@culturalnews.com
ファクス:+1(国番号) -213-388-8428

バックナンバーの日本語要約は www.culturalnews.comに掲載されています。

* * * * * * * * * * * * * * * 
[PR]
by culturalnews | 2007-01-05 15:21 | 月別の日本語要約