英字新聞カルチュラル・ニュースの日本語要約


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坂東流家元での修行から10年、ロサンゼルスの坂東秀十美さんが弟子たちに初舞台   (4ページに続く)

 ロサンゼルスで生まれ育った、日本舞踊坂東流師範、坂東秀十美さんは30代である。この坂東秀十美さんが、3月4日にリトル東京のアラタニ劇場で、初の発表会を行う。秀十美さんは、ロサンゼルスで自らの日本舞踊教室を開いて10年になり、これまでに育てた弟子も、高校生に成長している。15人の弟子に、本格的な衣装を付けて踊る機会を与えたいと、今回の発表会「日本の四季」を企画した。また、この発表会では、秀十美さんのロサンゼルスでの師匠、坂東三津拡さんと、東京から坂東流十代目家元の妹であり、また秀十美さんの師匠でもある坂東秀子さん、そしてもうひとり、東京から坂東三津二郎さんが出演、本格的な日本舞踊を披露する。

 秀十美さんは、福岡県出身の父親と広島県出身の母親の元にロサンゼルスで生まれた。本名を、平田キャサリン・美穂子という。3歳のときから、ロサンゼルスの三津拡師匠のともで稽古を始め、中学生になると、毎年、夏休みには、東京の秀子師匠に指導を受けるようになった。高校生になったときは、同級生と同様にアメリカの大学に進学しようと思っていた。しかし、本格的な日本舞踊を身につけるには、日本での修行が必要との秀子師匠と三津拡師匠の勧めがあり、日本の大学へ入り、坂東流の稽古を続けることに決めた。

 外国人留学生として慶應大学文学部へ入学した。大学へは、1992年から1996年までの4年間、九代目坂東三津五郎邸から通った。日本での日本舞踊修行からロサンゼルスに戻って10年、現在の秀十美さんは、モントレーパークの自宅とトーレンスの実家内に稽古場を作り、4歳から17歳まで、15人の子供たちを教えている。また、毎週水曜日は、カルバーシティーのエルマリノ小学校で、クラブ活動の日本舞踊教室を受け持ち、約25人を教えている。(エルマリノ校は、公立学校でありながら、小学生から日本語を教えるめずらしい学校だ。)
(英文記事は、ギャビン・ケリーが担当)

写真1ページ:中央に座っているのが、坂東秀十美さん。周りは、高校生の弟子たち。(カルチュラル・ニュース撮影)

トリビア「着物」の由来(5ページに続く)

 日本の着物には、長い歴史がある。われわれが着物と呼んでいるものの起源は、布をまとって、紐で結ぶという簡単なもので、当時「小袖」と呼ばれていた。小袖は、もっぱら庶民が着用していたが、平安時代(794-1185年)には、貴族たちの下着として用いられるようになった。
 15世紀までには、小袖は、上流階級のひとびとが、上着としてもちいるようになり、江戸時代(1615-1868年)には、階層に関係なく、すべての男女が、上着として使うようになった。刺繍や染物の技術が発達した江戸時代には、小袖に使われる布地の色合いや図柄も豊富になり、着ているものが、個人の個性を表現するようになった。
 しかし、徳川幕府は、ひとびとが、自分勝手な模様や素材の小袖を着ることで、社会秩序が乱れることを恐れ、数々の倹約令を出して、階層によって、着ることができる素材や織りの種類を指定した。それでも、下層階級のひとびとは、倹約令の裏をかいた、織り方や飾りを次々と考案していった。
 「着物」ということばが使われるようになったのは、日本が近代化を迎える時代になってからのことである。明治時代(1868-1912)になると日本は、西洋諸国と貿易を始めるようになり、ヨーロッパやアメリカで開かれた万国博覧会へ、着物が出展されるようになった。
 日本人のすべての階層の男女が、西洋の服装を取り入れるようになると、日本の伝統的な服装と西洋から来た服装を区別することばとして「着物」「洋服」ということばが生まれた。明治、大正時代(1912-1926)には、日本文化と西洋文化が相互に、大きく影響を与え合った。日本画は、ヨーロッパやアメリカの画家たちに刺激を与え、日本の織物産業は、西洋技術が導入されたことで、染色と織り技術を革新的に発展させ、ヨーロッパにたいして、日本は生糸と織物の輸出国になっていった。(出典:カリフォルニア州ハンフォードのリー日本美術研究所)

写真(1ページ)花模様が付いた紫色の着物(リー日本美術研究所提供)

写真:舞妓(サイトウ・キヨシ作、1960年)美しさの表現:花柳街の女たち
花魁や芸者をテーマにした日本画、着物、装身具などをパサデナのパシフィック・アジア美術館の所蔵品の中から選んで展示する。3月10日から6月18日まで。
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アリゾナ州フェニックスで日本祭り、2月25、26日

 フェニックス市公園局が、フェニックス日米協会、日系市民協会、姫路姉妹都市委員会、アリゾナ仏教会、フェニックス日系フリー・メソジスト教会と共催でおこなってきた日本文化祭「まつり」は、ことしで、22回目を迎える。2月25、26日の土、日曜日、同市の中心地、ヘリテイジ・サイエンス公園には、約8万人の入場者が見込まれている。入場は無料。
 今回のテーマは「マーシャル・アーツ」(武道)で、剣道、弓道、居合い道、なぎなた、柔道などが披露される。

レーガン大統領記念博物館で桜祭り、2月24日

 ロサンゼルスの近郊シミ・バレーにあるレーガン大統領記念博物館で、2月24日、第1回の桜祭りが行われる。イベントの時間は、午前10時30分から12時までの1時間半で、琴演奏、踊り、太鼓、合気道などが披露される。イベントは無料だが、博物館の入場料(一般12ドル)が必要。

サンタモニカで日本クラッシク映画の上映、3月2-3日

 映画文化団体のアメリカン・シネマティックが、国際交流基金の一部助成を受けて、サンタモニカのアエロ劇場で3月2、3日、日本クラシック映画上映会を行う。3月2日(木)午後7時30分から小津安二郎監督「東京物語」。3月3日(金)午後7時半から黒澤明監督「七人の侍」。チケットは9ドル。

モンテベロの宗禅寺で、音楽と布の作品展示、2月18日(6ページに続く)


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パシフィック・アジア美術館の新展示「美しさの表現:花柳街の女たち」3月10日から6月18日まで

 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校の美術史担当、ケンドル・ブラウン助教授の企画による「美しさの表現:花柳界の女たち」展が、3月10日から6月18日まで、パサデナのパシフィック・アジア美術館で行われる。
 日本画、版画、陶器、織物、飾り物、写真など、約75点の展示で、江戸から明治にかけての花柳界のふんいきを紹介する。また、この展示の目的は、遊女、芸者、舞妓の違いや、町人階級の既婚女性の衣装が、どのように花柳界から影響を受けていたか、を明らかにする。

ハマー美術館で、第二次大戦終了直後の日本を撮った写真展、3月5日から6月4日(6ページに続く)

 ハリウッド俳優の撮影で名声を得、世界旅行写真で有名になったジョン・スオウプ(1908-1979)の撮った、第二次大戦終戦直後の日本を撮った写真、100点以上が、「日本からの手紙」と題されて、UCLAハマー美術館で、3月5日から6月4日まで展示される。
 スオウプは、米海軍の委託を受け、終戦直後の日本を、米国水兵の目で撮影するという仕事についた。1945年8月28日から9月19日の撮影期間中、スオウプは、連合国捕虜の釈放にも、立ち会い、その場面を撮影した。
 スオウプは1930年に日本を訪問しており、戦火を受けた日本のひとびとの暮らしの変わりように、おおきなショックを受けた。スオウプは、日本滞在中、全部で、144ページになった手紙を妻のドロシー・マクガイヤーに送っており、今回の写真展示では、この手紙も出展されている。
 関連プログラムとして、4月6日、午後7時から日米の戦争中のプロパガンダ映画が上映される。

ロサンゼルス・カウンティー美術館日本館で、花、鳥、獣の絵の展示、2月3日から5月23日

ディスカンソー・ガーデンで茶道のお手前、2月23日(6ページに続く)
 裏千家淡交会ロサンゼルス支部の幹事長、レイコ・マクミラン氏が午前11時から12時半まで、茶道のお手前を行う。

花柳若奈師匠の踊り初め、2月11日

リトル東京・日米文化会館の「色紙」展示が、2月26日まで延長(6ページに続く)

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東京から師匠たちを迎えて、坂東秀十美さんの日本舞踊教室が、発表会、3月4日

 坂東秀十美日本舞踊教室は、日米文化会館の後援を受けて、3月4日、リトル東京のアラタニ日米劇場で「日本の四季」と題した発表会を行う。入場券は、一般は25ドル。演目は以下のとおり。
長唄「鶴亀」出演=坂東秀子、坂東三津拡、坂東秀十美;小曲「絵日傘」;長唄「桜絵巻」;常磐津「あやめ売り」;大和楽「団十郎娘」;長唄「藤娘」;長唄「菊づくし」;常磐津「屋敷娘」;清元「青海波」出演=坂東三津二郎;長唄「黒髪」出演=坂東秀十美、長唄=杵屋巳之助(歌)、杵屋弥宏次(三味線)

写真:坂東秀十美(左下)。右上、左から、坂東秀子、坂東三津二郎、坂東三津拡

坂東流家元での修行から10年、ロサンゼルスの坂東秀十美さんが弟子たちに初舞台   (1ページからの続き)

広告:着物販売の共栄トレジャー

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講談社アメリカの2006年春/夏の新刊案内(6ページへ続く)

 講談社アメリカは、2006年春/夏の新刊案内を発表した。
 「クール・ツール:日本の台所にある道具」(講談社インターナショナル発行、28ドル、6月12日出版予定)料理の専門家や、熱心に料理に取り組むひと向けの本。日本文化の特徴や優れたデザインを紹介している。結婚式のプレゼントに最適。
 「バンブー・ソード(竹光)とサムライ物語」(講談社インターナショナル発行、ハードカバー、22ドル)時代小説の第一人者、藤沢周平の作品の英訳。
 「インサイドとそのほかの短編-日本女性が描く日本女性」(講談社インターナショナル発行、29ドル95セント、6月5日出版予定)

カリフォルニア・セントラルバレーで、日本式新年の祝い

 カリフォルニアの農業地帯セントラル・バレーのハンフォードにあるリー日本美術研究所で、1月21日、日本のお正月を再現するイベントが行われた。餅つき、鏡餅作り、カルタ、書初め、福笑い、羽根つき、琴演奏を数百人の入場者がたのしんだ。ロサンゼルスから招待された着物コンサルタント、芥川婦身さんが主宰する着物ファッションショーが、行われ、あでやかな日本の着物が披露された(写真)。
 リー美術研究所では、現在、銘仙(めいせん)着物の展示が行われている。また、18世紀、19世紀の南画、陶器、屏風なども展示されている。
(英文記事は、シミ・バレー在住のキャロル・ハイランドさんの投稿)

トリビア「着物」の由来(1ページからの続き)

展示「モダン・モード:日本の新時代の女性が着たキモノ」20世紀前半の銘仙

 リー日本美術研究所で、4月1日まで。明治時代の西洋技術の導入によって、日本の染色、織り物技術は飛躍的に発展し「銘仙」と呼ばれる、機械織りの絹地が大量に作られようになった。それまでは、上流、中流階級でなければ着ることができなかった模様や素材の着物が、社会階層の底辺のひとびとの間に、普及していった。西洋のデザインを取り入れた銘仙の普及は、当時の女性の社会進出という社会現象の一端でもある。
 この展示は、ロサンゼルス・カウンティー美術館衣装織物部門の上級学芸員シャーロン・サダコ・タケダの企画による。美術館の開館時間は、火曜日から土曜日まで、午後1時から5時まで。入場料は、一般5ドル。

日本のバッハ・コレギウム・ジャパンが、UCLAロイスホールで、バッハ4曲を演奏、3月19日
 鈴木雅明が指揮するバッハ・コレギウム・ジャパンが3年ぶりに、UCLAロイスホールにやってくる。

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料理人のまな板:ワサビの種類をいくつ、知っているか?

 寿司職人学校経営者のアンディー松田のコラム:わたしが、生徒に料理について教えるときは、料理は人生と同じで、小さなことに注意を払わなければ、ならないといつも言っている。アメリカ人にとって、ワサビは、初めて知るもののひとつだ。ワサビは粉状になったものだけではなく、生のものがあり、色も味もさまざまであることを教えている。

神浦元彰による日本の視点:靖国問題

 靖国神社は東京の中心にある皇居に近接する場所にある。江戸幕府体制を倒した維新戦争で戦死した新政府軍兵士から、第二次大戦で死亡した軍人を追悼する神社である。第二次大戦で日本が敗れるまで、靖国神社は陸軍省や海軍省に属していた。靖国神社が慰霊する死者たちは、陸・海軍省から提出される死亡者名簿で決まった。だから都市の大空襲や原爆で死亡した市民はいない。また戦後に誕生した自衛隊員が殉職しても靖国神社に慰霊されていない。
 小泉首相は靖国神社参拝を心の問題で、戦争で犠牲になった人の慰霊と、平和の誓いをするためと言う。戦争を美化するためではないから、このような問題に外国が干渉するなと強い姿勢で反発する。多くの国民も、外国の干渉に反発しながらも、靖国神社にかわる国立の戦争犠牲者の追悼施設建設を望んでいる。
 最近の報道で、皇居に隣接する「北の丸公園」が国立慰霊施設として、密かに検討されていたことが明らかになった。小泉首相が在任中の今年9月まで、北の丸公園案は動かないが、新たな首相が誕生すれば、北の丸公園案が一気に動きだす可能性が出てきた。

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全日空の海外路線就航20周年で、国際線に「祝い膳」
 全日空の国際線は、1986年3月3日に、東京-グアムを飛んだのが、第一号だった。今年は、20周年になるのを記念して、国際線ファースト・クラスの食事に、3月限定で、伊勢えびの料理を盛り込んだ、「祝い膳」が提供される。

南カリフォルニア庭園業連盟が2006年の新役員を発表

東繁春の発行人日記
 今月の特集記事になっている坂東秀十美さんの稽古場を取材したときのこと。わずか、四歳の弟子が、稽古の始めと終わりに、正座をして「おねがいします」「ありがとうございました」と秀十美師匠に挨拶をしている場面を目撃しました。ロサンゼルスで日本の伝統を継承していくことは、簡単なことではありません。伝統にあるひとつひとつの意味を理解しながら、伝えるという仕事をできるひとは、ほとんどいません。われわれ、ロサンゼルスに住むものにとって、秀十美さんという優れた日本舞踊家の存在は、誇りに思うべきことのひとつです。

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家庭料理:五目寿司
広告:仏教伝道協会のテレビ番組
広告:日本美術専門のリー研究所
広告:白形伝四郎商店のお茶


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by culturalnews | 2006-02-27 14:44 | 月別の日本語要約

靖国問題の行方

Cultural News 2月号掲載英文記事の日本語原文

報告者=神浦元彰

小泉首相は、2001年4月の総裁選挙(首相選)に立候補したとき、8月15日の終戦記念日に、靖国神社に参拝すると公約した。

日本の戦争で被害を受けた中国や韓国が、靖国神社に首相が参拝することは、日本が侵略戦争を正当化する行為と非難を高めた。

小泉氏は首相になると、中国や韓国に配慮して8月13日に参拝した。それでも中国や韓国は激しく反発し、それ以来、首脳外交が出来ない状況が続いている。

 靖国神社は東京の中心にある皇居に近接する場所にある。江戸幕府体制を倒した維新戦争で戦死した新政府軍兵士から、第2次大戦で死亡した軍人を追悼する神社である。第2次大戦で日本が敗れるまで、靖国神社は陸軍省や海軍省に属していた。靖国神社が慰霊する死者たちは、陸・海軍省から提出される死亡者名簿で決まった。

だから都市の大空襲や原爆で死亡した市民はいない。また戦後に誕生した自衛隊員が殉職しても靖国神社に慰霊されていない。

なぜ靖国神社が力を持ったかといえば、戦後、日本遺族会が政治勢力として誕生したからだ。戦死者を家族に持つ者が、遺族会を作り、莫大な投票数(集票力)で政治力を発揮した。その日本遺族会と靖国神社は互いに連携して力を増していった。

しかし靖国神社が1978年に、第2次大戦後の東京裁判で、戦争指導の罪で処刑したA級戦犯11名を、合祀(ごうし)したことで問題が起きた。その後、靖国神社は第2次大戦を賛美する宗教施設と非難されだした。

小泉首相は靖国神社参拝を心の問題で、戦争で犠牲になった人の慰霊と、平和の誓いをするためと言う。戦争を美化するためではないから、このような問題に外国が干渉するなと強い姿勢で反発する。

しかし最近ではアメリカ政府からも、靖国問題で東アジア外交が止まったことに懸念が出始めた。

多くの国民も、外国の干渉に反発しながらも、靖国神社にかわる国立の戦争犠牲者の追悼施設建設を望んでいる。

最近の報道で、皇居に隣接する「北の丸公園」が国立慰霊施設として、密かに検討されていたことが明らかになった。小泉首相が在任中の今年9月まで、北の丸公園案は動かないが、新たな首相が誕生すれば、北の丸公園案が一気に動きだす可能性が出てきた。
(了)
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by culturalnews | 2006-02-21 16:53 | 神浦元彰の世界の見方