英字新聞カルチュラル・ニュースの日本語要約


by culturalnews

カテゴリ:エッセー( 3 )

朝日新聞への投書 2009年5月27日
  
 新聞業界の不振が長く続き、その原因は若者の活字離れ、インターネットによる無料情報の氾濫と言われている。しかし、この説明は、まるで、破綻している米GM社が、車が売れないのは、消費者が悪いと言っているのと同じではないか。

 新聞が売れなくなっている第一原因は、新聞に商品価値=情報価値がなくなっていることである。日本人の日常生活における海外から、とりわけ米国からの影響は年々大きくなっている。米国での政治・経済・文化の動きが日本国内に直結している時代である。

  朝日新聞はロサンゼルスには百人、ニューヨークとワシントンには、それぞれ二百人の記者を常駐させるべきだ。そうしなければ、朝日新聞は、今の日本の読者が求めるニュースを提供できない。

 この数は、全国の朝日新聞記者二千人の四分の一に当たる。新聞社もそれくらいの大リストラが必要な時代に来ている。日本の製造業は八十年代から、生産設備を海外に移転する大リストラをしたために、世界的競争に勝ち残っている。

 それに比べると日本の新聞社は、過去三十年間、ほとんど変革をしていない。
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by culturalnews | 2009-05-27 16:34 | エッセー
(2009年5月16日記)   

 ことばは「関係」をあらわすものである。わたしを生んで育ててくれた男女は、わたしや、わたしの妹・弟にとっては「父・母」という存在である。わたしには子供がいないのだが、妹夫婦、弟夫婦に子供ができると、親族間では、この男女のことを「おじいさん・おばあさん」と呼ぶようになる。
 こんな、当たり前のことを、あえて書いてみたのは、移民問題を考えるときに、当たり前のように使っている「日系〇〇人」という用語について、考え直してみることが必要と、思うからだ。

 わたしはアメリカに住んでいるので「日系アメリカ人」を例に使う。実は、「日系アメリカ人」は英語「ジャパニーズ・アメリカン」の翻訳である。そして「ジャパニーズ・アメリカン」という用語は、1960年年代までは、アメリカに存在しなかった。1950年代の米国移民法の改正で、日本人移民の帰化が認められるようになるまでは、日本人はアメリカ人(市民)になることができなかった。アメリカ生まれの二世たちは、生まれながらにしてアメリカ市民ではあるが、日米開戦が始まった1941年には、まだ、10代が多く、一人前扱いされていなかった。日米戦争が終わった直後の1950年代のアメリカでは、日本は「悪」の代名詞で、日本人のアイデンティティーを主張できるような寛容さはアメリカにはなかった。

 1970年代、カリフォルニア大学バークレー校から始まった学生運動の中で、アジア人のアイデンティティー主張が起こり、「エイジアン・アメリカン」(アジア系アメリカ人)という用語が作られた。「ジャパニーズ・アメリカン」という用語はその派生である。

 一部の過激派学生の政治用語として使われ始めた「アジア系アメリカ人」「日系アメリカ人」が、アメリカ社会に定着したのは、なぜか。それは、1970年代のアメリカ資本主義は、多民族マーケットを必要としていたからだ。資本主義は常にマーケットを拡大させていかなければならない。アメリカの白人資本主義マーケットは、1960年代で、飽和状態に陥っていた。そこで、目をつけたのが、黒人やアジア人移民の多民族マーケットである。奴隷から解放されて3代目になる黒人、農業労働者だった一世たちの3代目も、1960年代には、大学教育を受け、資産を作り、アメリカ市民になる要件を備えるようになっていたのだ。
 だから、アメリカ社会は積極的に、アジア系移民、日本人移民の子孫たちを受け入れる体制に入る。そこで、「アジア系アメリカ人」「日系アメリカ人」という用語が定着する。

 1970年代アメリカの社会状況と、現在、そしてこれからの日本の社会状況の共通点は、従来は視野に入ることもなかった、多民族と積極的な関係を築いていかなけらばならない点である。
 1970年代のアメリカのやり方を見習うと、ブラジルから来て日本で働いている人たちは、「ブラジル系日本人」と呼ぶのが妥当である。また、彼らは二重の意味で「ブラジル系日本人」である。日本からブラジルに渡った一世は、日本文化を生涯もちながら、ブラジル国籍を取得して生涯を終えたという意味で「ブラジル系日本人」なのだ。

 わたしは、ロサンゼルスに暮らして30年近くになるが、日本を離れた場所で長く暮らせば、暮らすほど、わたしの日本人としてのアイデンティティーは強くなって行く。これは、世界に共通する現象だ。多民族社会の中で、頭角を現す人は、アメリカ社会に同化したタイプではなく、自国の文化を強く持っている人のほうが多い。日本人移民で見れば、アメリカ社会への同化が進んだ二世世代よりも、日本文化丸出しの一世のほうに、大事業家が多い。

 ことばによって社会は作り出される。「日系〇〇人」という用語を使い続ける限り、外国人と日本人の境界はなくならない。日本が今後、多民族社会をめざすのであれば、まず「〇〇系日本人」の用語を定着させることが必要と思う。ロサンゼルスの日本人の間で、「在日韓国人」のことを「コリアン・ジャパニーズ」(韓国系日本人)と呼ぶ人も現れている。この方向は、すでに始まっているのかも、しれない。

「〇〇系日本人」の用語は、日本国内の文化・歴史を考え直すきっかけも与えてくれる。わたしは、ロサンゼルスでは、沖縄県人会の文化行事をよく取材するが、沖縄と日本は、まったく違う文化であることを、毎回強く感じる。沖縄語にある「ウチナンチュー」と「ヤマトンチュー」は、まさに「沖縄系日本人」と「ヤマト系日本人」である。        (了)
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by culturalnews | 2009-05-16 16:36 | エッセー
もう、4、5年前からのことである「日本人はアメリカ人より豊かな生活をしている」という構図に、世界は変わってきているのではないか、と思い始めたことだ。

わたしは、もうすぐ、55歳、しかし、78歳になる母は、今でも、わたしが赤ん坊だったときの夢を見る、と言い。母にとっては、わたしは、いつまでも、子供のままだ。

アメリカとたたかった戦争で、敗戦を経験し、戦後のアメリカの繁栄が脳裏に焼きついている人たちに、「日本人はアメリカ人より豊かな生活をしている」と話はじめると、まったく、受け付けようとしない。アメリカのことを、よく勉強している人ほど、現実を認めたがらない。

なぜ、そうなったのか、をここで説明しているわけではない。ただ事実として、「日本人はアメリカ人より豊かな生活をしている」ことを、日本人が自覚しないないことには、日本人が、世界とうまく、付き合えない時代に、すでになってしまった、と、わたしには、思えるのだ。

昨年前半は1ドル=100円代だった、円ドル相場が、アメリカ発の金融危機で、一挙に、1ドル=90円が相場になっている。直感で、1ドル=70円くらいまで行くのでは、と思っていたら、「超なんとか法」で有名な野口悠紀雄先生が、雑誌「新潮45」1月号に「1ドル70円もありうる」との文章を書いていた。読んでみると、アメリカ発の金融危機で、日本の輸出産業が大打撃を受けるのかが、よく分かった。

そして、やはり「日本人はアメリカ人より豊かな生活をしている」ことが、ますます確証を持てた。
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by culturalnews | 2009-01-07 11:28 | エッセー