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by culturalnews

カテゴリ:映画( 1 )

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「野崎」役の松崎悠希さんと「西郷」役の二宮和也さん(ワーナー映画提供)



「硫黄島からの手紙」は、もともとは「父親たちの星条旗」を製作する話がもちあがったとき、日本軍の側から見た硫黄島作戦をDVD版として作り、「星条旗」のDVD発売の時に、セットで販売するということだった。

「硫黄島からの手紙」は、舞台が太平洋のど真ん中の島であるが、実際の撮影は、ロサンゼルスとラスベガスの中間地点バストー近郊の砂漠の中の元銀鉱山(キャリコ)を中心に、ロサンゼルス近郊のマリブ海岸、ワーナーブラザー撮影所で行われた。硫黄島でのロケもあったが、硫黄島に行ったのは、渡辺謙だけだった。

制作費2000万ドルで、ハリウッド映画としては小規模作品であったことも、ロサンゼルス地元で撮影せざるを得なかった原因のようだ。キャリコ近郊は昔、火山があったところで、黒い溶石が取れる。この溶岩石を砕いて販売している会社があり、硫黄島の黒い砂は、この会社から調達した。

キャリコでの撮影は、2006年3から4月にかけて行われた。

日本から来た俳優は、渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加藤亮、中村獅童、裕木奈江。


e0069249_1439696.jpg松崎悠希(まつざき・ゆうき)=野崎・陸軍一等兵役

宮崎県宮崎市出身。25歳。児童向けの劇団で7歳から演技を始める。

全国組織、子供演劇「LABO」を母親が運営していて、子供向けコメディーに出演していた。
18歳で日本をでるまで、11年間、この劇団に所属していた。

宮崎県立宮崎大宮高校普通科を卒業。
神奈川県川崎市の「日本映画学校(Japan Academy of Moving Images)」俳優科に通う傍ら、
3ヶ月ほど新聞奨学生として住んでいた。平均睡眠時間は、2時間で、地獄のような日々を経験。

2000年に18歳で、ニューヨークへ渡るも、滞在中に持ち金を全て盗まれホームレスになってしまう。しかし俳優になる夢を諦めきれず、路上で歌いながら生活する。B級アクション映画にキャストされたのをきっかけに、ロサンゼルスへ移り、2002年、映画「ラストサムライ」に官憲役でキャストされた。

松崎悠希は語る:
本当に良い経験をしました。そして色々な事を学びました。
文字に書かれた人物をどうすれば「現実」に持ってこれるのか。
血の通った人間として観客に伝える事が出来るのか。
それだけに全精力を費やしました。
役作りの為、撮影終了までの5週間、
殆ど何も食べなかったので30ポンド近く痩せました。
全ては「野崎」を生きた一人の人間にする為です。
彼がどのように生き、どのような思いを持って死んでいったのか、
それが観客に伝わればこれほど嬉しい事はありません。

「日本兵」は「日本人」であって、
生まれついて「日本兵」だったわけではありません。
彼らは一人一人に独立した人生、そして家族があったのです。
これまで無個性に描かれる事が多かった「日本兵」は、
この映画によって、無限の彩りを手に入れる事でしょう。
クリント監督、本当にありがとう!


e0069249_1440046.jpg戸田年治(とだ・としはる)=足立大佐役

東京都杉並区阿佐ヶ谷出身、劇団四季に3年、ニューヨークで17年、ブロードウエー・ミュージカルをやっていた。

ロサンゼルスに移って、15年、さまざまな映画、テレビドラマに出演。

「パールバーバー」では、日本軍の攻撃を目撃した日本人歯医者の役をやった。このシーンは脚本の段階で、日系人団体から、日本人がスパイとして描かれていると抗議があり、削られていた。しかし、大方の撮影が終わった段階で、取り入れることが決まり、あとで、撮影されたといういきさつがある。

戸田年治は語る:
役者として出演する映画はそれぞれ大事ですが、特にこの映画に関しては実際の出来事で、演じる役も実在の人物(厚地大佐)なのでとても名誉に感じています。日本の歴史の一部を演じるという機会は少なく非常に幸運だと思います。また子供の頃に見ていたテレビ番組ローハイドで初めてみた、今は世界を代表する監督になったクリントイーストウッド氏の作品に出られたのは感激でした。


e0069249_1440183.jpgブラック縁(ゆかり)=憲兵に言いがかりを付けられ、飼い犬を殺されてしまう、夫を兵士に取られた妻の役

静岡県浜松市生まれ。3歳のときからステージに立ち、以来、女優、歌手、シンガー・ソングライターなど、さまざまなことをやる。

多摩川大学演劇科を卒業。最近は、太鼓演奏も始め、グループTYTを結成、2006年11月のロサンゼルスのジャパン・エクスポで披露した。ロサンゼルス滞在、13年。

ロサンゼルスで、演劇に多数出演。


e0069249_14403864.jpg渡辺広(わたなべ・ひろし)=藤田中尉役

東京生まれ、港区立城南中学、私立聖学院高校を卒業後、青年座の研究所を経て、池袋、新宿の小劇場を中心に舞台経験を積む。

26歳で、ニューヨークへ行き演劇の名門校の門をたたくが、「英語力が足りず」、いったん日本へ戻り、 1995年、再渡米、ロサンゼルスへ。
 
30歳でロサンゼルス・シティー・カレッジの演劇科を卒業後、映画、舞台などに出演。二―ルサイモン作「おかしな二人」、シェイクスピア作「Two Noble Kinsmen」、映画「ラストサムライ」など。

  四人兄弟の長男で、実家は港区、東京のど真ん中で育った。演技に興味を持ったのは7歳のとき。母親が「この子を舞台に立たせたらおもしろいんじゃないか」と英語の劇団サークルに所属したのが、始まり。 
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by culturalnews | 2006-12-28 14:47 | 映画